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酒井宏樹の年俸はいくら?マルセイユでの評価や海外の反応をチェック

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2018ロシアワールドカップ以降、当時出場していた日本代表選手が続々世代交代。

その中で、2019年のアジアカップにも出場していた酒井宏樹選手。

『代わりのいない貴重な右サイドバックの一人』

という声も聞かれ、間違いなく今後の日本代表の中心選手として期待値も高いです。

さて、そんな酒井宏樹選手ですが、現在、フランスの名門クラブ『オリンピック・マルセイユ』で、レギュラーとしてプレー。

国内外、中心選手として活躍しているわけですが、当然、最初からマルセイユでプレーしていたわけではありません。

そして、年俸の推移も見られます。

そこで本記事では、これまでの酒井宏樹選手の移籍遍歴と年俸推移、海外の反応・評価をまとめていきます。

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酒井宏樹のクラブチーム移籍遍歴

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先日開催された、キリンチャレンジカップ2019。

香川真司選手をはじめ、2018ロシアワールドカップ日本代表選手たちが、一部で再招集されていますが、かなりメンバーが入れ替わっていましたよね。

今回は代表から落選したものの、酒井宏樹選手は、今後も日本代表の中心選手の一人として期待されています。

そして、それは単に代表戦だけでなく、フランスでは、オリンピック・マルセイユの貴重な右サイドバックとしても、大きく期待されています。

とはいえ、酒井宏樹選手が最初から、国内外で大活躍していたわけではありません。

度々移籍して、ようやくレギュラー争いを勝ち抜いただけの話です。

では実際、酒井宏樹選手の移籍遍歴を振り返ってみましょう。

柏レイソル(2009~2012)

酒井宏樹選手がプロキャリアをスタートしたチームが、J2(当時はJ1)所属の柏レイソル。

しかし、すぐさま、サンパウロへサッカー留学に出され、この年のリーグ戦出場は無し。

さらに2009年は、柏レイソルがJ2降格という憂き目に遭い、ある意味、苦境からのスタートといってもいいのかもしれません。

再びチームをJ1へ昇格させることを目標に、酒井宏樹選手は、ネルシーニョチルドレンの一人として、チームに貢献し始めました。

2010年のJ2では、年間負け数がわずか『2』という最小記録を樹立させ、J2優勝をもたらし、1年でJ1復帰。

さらに、J1に復帰した2011年には、J1で優勝する快挙を成し遂げるのです。

その中には、酒井宏樹選手の姿もあり、不動の右サイドバックとして大ブレイク!

ついには、2012年からの海外挑戦がスタートしたのでした。

『恩師・ネルシーニョ監督との運命の出会いがあったからこそ、酒井宏樹選手の今がある』

といって過言ではないでしょうね。

ハノーファー96(ドイツ、2012~2016)

柏レイソルで輝かしい実績を残した酒井宏樹選手。

2012年シーズンから、ドイツ・ブンデスリーガ(1部)のハノーファー96で、プレーし始めます。

しかし、ロンドン五輪(スペイン戦)で、左足首を捻挫し、ハノーファー96入団直後、チームを離れて別メニュー…

また、ドイツのサッカーの厳しさを目の当たりにし、そのスピードについていけず、苦しみの日々が続いていきます。

しかし、一方では、怪我などに苦しみながらも、チームを一部に残留させる活躍を見せ、右サイドハーフで掴んだレギュラーも手放しませんでした。

そして、2016年までプレーし、ドイツを後にします。

オリンピック・マルセイユ(フランス、2016~現在)

現在、酒井宏樹選手が、中心選手として活躍しているチームが、フランス・リーグアンに所属する名門サッカークラブ『オリンピック・マルセイユ』。

もちろん、ポジションは不動の右サイドバック。

背番号も『2』を付け、チームから多大な期待を寄せられています。

実際に移籍初年度から、35試合に出場し、試合から外れたのはわずか3試合と、コンスタントに貢献を積み重ねています。

さらに言えば、右サイドを主戦場としてコンビを組んでいたチームメイトのフロリアン・トヴァンからも、

「酒井のおかげで良いシーズンが過ごせたと言うのは、恥ずかしい事ではない」

と称賛され、ガルシア監督からも全幅の信頼を得ています。

今も、時折怪我に苦しめられることがありますが、その度にたくましく成長し、世界を代表とする右サイドバックとして大活躍。

まだ28歳ですし、次のワールドカップも、ベテランの一人として、日本代表で活躍してくれることを期待したいですね。

 

酒井宏樹の年俸推移

日本代表だけに留まらず、フランスリーグ所属のオリンピック・マルセイユでさえも、不動のレギュラーとして活躍している酒井宏樹選手。

これまで渡り歩いてきたチームは、国内外合わせて3つ。

さらに、プロキャリアをスタートさせてから、10年目で海外に認めさせているのですから、凄い選手ですよね。

ただ、そんな酒井宏樹選手でさえ、キャリアを積み重ねるごとに年俸は変わっていくものです。

では実際に、どれくらい年俸が推移しているのか、その遍歴を振り返ってみましょう。

柏レイソル時代(2009~2011)

柏レイソル時代の酒井宏樹選手の年俸は、以下のとおりです。

  • 2009年:300万円
  • 2010年:450万円
  • 2011年:1400万円

以上が、酒井宏樹選手が柏レイソル時代に得てきた、3年間の年俸の推移です。

柏ユースに入りサッカーしていたとはいえ、プロ入り前から有名選手だったわけではなかったですからね。

最初から高年俸なわけがありません。

それでも、2011年に1400万円にジャンプアップすることは、それだけ柏レイソルでの実績(キャリア)が認められた証拠。

その実績が認められたからこそ、海外挑戦も可能となったのでしょう。

ハノーファー96時代(2012~2015)

ハノーファー96に移籍した酒井宏樹選手の年俸推移がこちら。

  • 2012-13シーズン:1億1000万円
  • 2013-14シーズン:9000万円
  • 2014-15シーズン:1億2000万円
  • 2015-16シーズン:1億2000万円

多少怪我で苦しんでいたこともあり、年俸の浮き沈みは見られています。

それでも、年俸1億円前後を推移していることを考えると、かなりの高年俸ですよね。

さすが、海外に移籍して成功すると、これほどまで年俸が上がるんだなと強く感じました。

オリンピック・マルセイユ時代(2016~現在)

オリンピック・マルセイユに移籍してから、現在の酒井宏樹選手の年俸推移がこちら。

  • 2016-17シーズン:1億2000万円
  • 2017-18シーズン:1億2000万円
  • 2018-19シーズン:1億2000万円

以上が、オリンピック・マルセイユに移籍してから現在の酒井宏樹選手の年俸推移です。

基本的にハノーファー96時代から変わりありません。

まぁそれだけ安定した仕事をフランスでもできていると、年俸を見ただけでも理解できますよね。

もちろん、年俸というのは、チーム事情にも大きく左右されるので、たとえ酒井宏樹選手がどれだけ活躍しても、年俸が下がることもあるでしょう。

ただ、年俸は選手のバロメーターの一つでもあります。

 

酒井宏樹に対する海外の反応・評価は?

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最後に、酒井宏樹選手の評価にも触れておきましょう。

海外での酒井宏樹選手に対する反応・評価は、先程も少し触れたとおり。

チームメイト・監督から全幅の信頼を勝ち得るほど、評価が高まっています。

ハノーファー時代も、地元紙『ハノーファーシェ・アルゲマイネ』にて、

「これまで弱点とも言われた日本人選手は、完璧なパフォーマンスを見せてくれた。」

「この試合は、彼のハノーファーでのベストゲームだったかもしれない。」

「ホセルのヘディングシュート弾へのクロスは、とくに見事だった。」

と絶賛しています。

これも、酒井宏樹選手の高速クロスをはじめとする、数々のプレーが高く評価されている証ですね。

酒井宏樹へのファンの反応・評価

また、地元ファンも、酒井宏樹選手がゴールを決めた試合で、

「酒井のゴールは強烈そのものだな。」

「ワオ、酒井!ワオ」

「酒井はとても気に入った。」

と絶賛の声が多く聞かれています。

それは、オリンピック・マルセイユに移籍してからも同じことで、今やフランスの大スターといった印象すら伺えます。

ドイツ移籍直後は監督の手を煩わせることも…

ただ、それは、今だからこそ受ける称賛であり、初めてドイツに渡った頃は、

ドイツ語が全く分からず、監督の手を煩わせる問題児だったみたい。

結局、酒井宏樹選手のために、わざわざ特別にビデオ映像を作成して、それを見せることで、指示を伝えたのだとか…

酒井宏樹選手も、はじめは、この映像を見て、自身の悪い点を反省し、また監督の指示も理解を示して、練習に明け暮れます。

また、一方では、早くチームに馴染めるように、ドイツ語を習得。

しばらくして、監督からの語りかけにも頷けるようになったみたいですね。

 

2016-17シーズンからは、フランスに渡っているわけですが、語学の方は大丈夫だったのでしょうか?

どうやら日常会話レベルはマスターしているらしく、後は、監督からの教えを学ぶ方が先決と考えているみたい。

確かに、酒井宏樹選手は語学留学にフランスへ行ったわけではなく、サッカーのために行っているわけですからね。

ある程度の言葉が分かってしまえば、後はチームに溶け込むだけです。

そのことを、ちゃんと理解し、日々のプレーに集中できているからこそ、酒井宏樹選手がフランスに渡ってからも称賛の声が挙がるのですね。

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まとめ

現在、オリンピック・マルセイユ(フランス)で、サッカー選手として活躍している酒井宏樹選手。

今や日本代表として欠かせない選手の一人。

しかし、

最初から順風満帆なサッカー人生ではないこと

が、移籍遍歴を振り返ることで伺えました。

もちろん、年俸推移を見ても分かるように、ある程度は順調に年俸も上がり、キャリアを積み重ねています。

でも、それだけではない何かがあったわけです。

そして、いろいろ苦境を乗り越えて、海外からの反応も良く、高い支持を得られるようになりました。

ぜひ今後も、国内外で、サッカー選手として、酒井宏樹選手には多大なる活躍を見せてほしいと期待しています!

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watari1

好きなもの:野球、アニメ・ゲーム、特撮 趣味:ゲームに没頭すること、文字書き 座右の銘:『なるようにしかならない』 何をどれだけ貯めていようと、命尽きれば人生は終わり。 終わってしまった過去も、何が起こるかわからない将来も、考えるだけ無駄ではないか? そう考えたことがきっかけで、それなら今を楽しむことだけ考えよう、を信念に日々を過ごすようになりました。 自分の興味関心のある出来事やニュースについて、偏屈者ではありますが、思うままに綴っていければと思っています。

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