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魚住優の父・魚住勉の経歴と母・浅野温子との出会いと結婚を調査!

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NHKアナウンサーで、現在『あさイチ』にも出演している魚住優アナの父親って知っていますか?

実は、コピーライター・作詞家として有名な、魚住勉さんが父親だというのです。

母親も女優の浅野温子さんですし、魚住優アナは、まさに有名人カップルの2世だったんですね。

ただ、若い世代の人は、魚住勉さんのことを知らないと思いますし、浅野温子さんとの出会い・馴れ初めも気になります。

そこで本記事では、魚住優アナの父親・魚住勉さんの経歴や、浅野温子さんとの馴れ初め、優さんの兄弟がいるのか調査し、まとめていきます。

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魚住優の父・魚住勉の経歴

先日、NHKの情報番組『あさイチ』の中で、自身の母が女優・浅野温子さんだとカミングアウトした、NHKアナウンサーの魚住優アナ。

魚住優アナ

魚住優アナ

このカミングアウトで、衝撃を受けた人も多いのですが、実は母だけではなく、父親も有名人だったことが判明しました。

その父親とは、コピーライター・作詞家の魚住勉さん。

サントリーオールドやパルコ・丸井などの、大手百貨店のキャッチコピーを手がけたり、

  • 由紀さおり
  • 山瀬まみ

など、有名歌手の楽曲に作詞家として携わっています。

そんな有名人が父親だとはビックリですよね。

では改めて、魚住勉さんの経歴を振り返ってみましょう。

魚住勉の経歴

魚住勉さんは、1947年1月1日、熊本県生まれの71歳。

熊本県立熊本高等学校

を卒業し、その後、

慶應義塾大学経済学部

に進学。

大学を卒業すると、日本デザインセンターやサン・アドなどの広告会社に勤務し、昭和54年に独立。

その後は、コピーライターだけでなく、作詞家としても活動しています。

魚住勉が作詞提供したアーティスト

『最近の曲で作詞している』

という話は、あまり聞いていませんが、

近藤真彦:Rain

田村英里子:秘密のヴェール、陽のバカンス

など、80年代、90年代のアイドルたち楽曲の作詞や、

橋幸夫:愛しい人よ、夜間飛行

森進一:彼女、星の涙

など、演歌歌手の楽曲も作詞しています。

さらに、極めつけとして、1991年頃に放送された三井生命のCMソングとして、当時絶大な人気を得た、

『WANDS:もっと強く抱きしめたなら』

も、魚住勉さんが作詞しています。

なお、このCMには、奇しくも妻である浅野温子さんが出演しています。

三井生命のCMと、WANDSが加って作り上げた、感慨深いCMとも言えるでしょう。

魚住勉さんは、ジャンルを問わず、様々なコピーライティングや作詞を手がけてきた、レジェンド…

そして、その功績は、当時、

  • 糸井重里
  • 仲畑貴志
  • 川崎徹

と共に、『コピーライター四天王』と呼ばれるほどでした。

いろんな形で目にする、魚住勉のコピーライティング

正直なところ、若い世代の人たちはもちろんのこと、30代~40代前半の人も、魚住勉さんの名を聞いたことも無いと思います。

実際に筆者も、本記事を執筆するまで、全く彼の名を知りませんでした。

しかし、山下達郎さんの名曲『クリスマスイブ』が、世間を震撼させた1983年ごろ、サントリーオールドのテレビCMが、今も記憶に残っています。

その映像が、こちら。

当時、『アイ・ラブ・ユー』というシンプルなワードにメロディを乗せ、子供ながらに意味もわからず心を震わせていました。

また、

「あのパントマイムをするおじさんが格好いい」

と、目を輝かせて見ていたような気もします。

今調べてみると、ウィキペディアでも、魚住勉さんの代表的なキャッチコピーとして明記されていますし、それだけヒットはしていたのでしょう。

魚住勉が世界に影響を与えたコピーライティング

40代前半までの人は、おそらく魚住勉さんの名をあまり知らないと思います。

しかし、本記事で紹介したように、意外な形で彼の存在は記憶していたはずです。

それほどまでに、世間に影響力を与えた偉大なコピーライター・作詞家さんなのです。

正直、詳しい経歴は、あまり明かされていないので、分からない部分も多いです。

ただ、経歴をも吹き飛ばすほど、偉大な功績を挙げ続けてきた人だと、改めて分かりました。

仕事を通じて深まる不思議な縁

奇しくも、サントリーオールドCM『アイ・ラブ・ユー篇』が放送された1983年に、浅野温子さんと結婚。

後に魚住優アナが生まれています。

いろんな偶然のめぐり合わせが、今を築き上げてきていると思うと、本当に不思議な縁を感じてしまう、今日このごろです。

 

浅野温子と魚住勉の出会い・馴れ初め

浅野温子

浅野温子

魚住勉さんと浅野温子さんは、1983年に結婚していますが、そもそも二人の出会い・馴れ初めはどこにあったのでしょうか?

 

調べてみたのですが、二人ともプライベートを明かさない人たちなので、出会い・馴れ初めに関しては、一切の情報がありませんでした。

ただ、魚住勉さんは、もともとコピーライターとして活動していた人です。

本格的に作詞家として評価されたのは、浅野温子さんと結婚してからとも言われています。

作詞を通じて、いろんな人と交流を持っていた魚住勉さんが、仕事を通じて浅野温子さんと出会い、恋に落ちたのかもしれませんね。

魚住勉は恋愛ワードの天才的マジシャン?

また、恋愛ワードに関しては天才的な名言をいくつも残しています。

それは、恋愛ソングを数多く輩出している藤井フミヤさんが、

魚住勉さんのコピーライティングのセンスに脱帽していた

という話でも、理解できます。

そんな、巧みな言葉を操る魚住勉さんに、浅野温子さんも惹かれ、14歳の年齢差を気にすることなく結婚に至ったのでしょう。

もしかしたら、プライベートを公表しないのも、お互いが深いところで愛し合い、お互いを大切にしている表れなのかもしれませんね。

 

魚住勉・浅野温子の子供は1人?

魚住優アナ(NHK)が、魚住勉さん・浅野温子さん夫妻の息子は、冒頭でもお話したとおりです。

では、魚住アナ以外に、二人の子供はいるのでしょうか?

実際に調べてみたのですが、そのような情報は特になく、魚住優アナは一人っ子だという話が見つかりました。

育児放棄の過去

いろいろ情報を探っていくと、浅野温子さんが、

育児放棄していた

という話も見つかりました。

これは、浅野温子さん本人が語っていたことなので、間違いなさそうです。

話によると、どのように子育てしていいか分からず、母親に優さんを預け、育児放棄したとのこと…

決して子供が嫌いだったわけではなく、はじめてのことで戸惑っていたのでしょう。

魚住勉は昔気質の男性?

また、父である魚住勉さんもイクメンではなかったみたい…

やはり昔の人ですし、

『育児は女性(母親)がするもの』

という、古風な考えを持っていたのかもしれませんね。

まぁ、その分、仕事で力を発揮し、経済力で妻と子供を支えていたことは、間違いありません。

そして、その愛溢れるコピーライティングが、世界を震撼させたのも、妻である浅野温子さんと息子の魚住優アナを、心底愛していた証ではないでしょうか。

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まとめ

NHK魚住優アナの母は、女優・浅野温子さんでしたが、父親も偉大なコピーライター・魚住勉さんだと分かり、ただ衝撃を受けています。

あまり名前は聞き馴染みが無くとも、彼の手がけるテレビCMやキャッチコピーは超有名です。

経歴の詳細までは分かりませんでしたが、それでも浅野温子さんをこよなく愛し、愛溢れる言葉を投げかける天才なのは、よく分かります。

きっと仕事などで運命の出会いを果たし、そのまま年齢差を気にすることなく、大恋愛の末の結婚となったのでしょう。

一人息子の魚住優アナも成人しているわけですし、今後は、夫婦水入らずで、幸せな人生を過ごしてほしいものですね。

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masayan

音楽・スポーツ観戦が大好きで、アーティストではJUJUさん・欅坂46など、スポーツではヴィッセル神戸(サッカー)にハマっています。 性格も猪突猛進タイプで、芸能・スポーツを中心に、幅広く思いがストレートに伝わるような、面白くためになる記事となるよう、心がけて執筆しております。どうぞよろしくお願いいたします。

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