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後閑信一の獲得賞金は12億!経歴や競輪の成績から引退理由までチェック

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競輪ファンにとっては、

『不死鳥のように何度も蘇る男』

として有名な、後閑信一さんが、2017年末に引退…

 

まさか、後閑信一さんが突然引退するなんて、競輪ファンの多くが想像もしなかったことでしょう。

現在は、スポーツ報知の専属評論家として活躍していますが、多くのファンから愛された選手が引退するというのは、どこか寂しさを覚えますね。

 

それにしても、何度怪我をしても復帰していた後閑信一さんが、

何故引退することになったのでしょうか?

また、彼の経歴や成績・賞金総額も気になりますので、本記事で調査しまとめていきたいと思います。

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不死鳥の男・後閑信一の現役引退と引退理由

後閑信とは

後閑信とは

みなさんは、

元競輪選手の後閑信一さん

を知っていますか?

 

彼は、2013年にはオールスター競輪のタイトルを獲得するなど、輝かしい実績を残している競輪選手でした。

残念ながら既に現役を終えていますが、かつては、どんな怪我にも負けず、不屈の闘志で走り続け、一部のファンからは、

『不死鳥の男』

と呼ばれていた話もあるほど、その気迫に多くのファンが感動していました。

 

しかし、そんな後閑信一さんも、2017年末に現役を引退。

「まだまだ現役でやっていけるはず…」

と多くのファンが思っていただけに、彼の引退に衝撃を受けたファンは多かったようですが、気がつけば、後閑信一さんも48歳。

 

現役引退時は47歳でしたし、アスリートとしては、いつ引退してもおかしくない年代だったのかもしれませんね。

後閑信一の現役引退理由

実際に、後閑信一さんは、

「G1で優勝を狙える体力も気力もなくなった」

と、引退理由を語っていました。

 

これまでに後閑信一さんは、確かに度重なる怪我を乗り越え、不死鳥のように蘇り、競輪の世界に舞い戻ってきています。

しかし、所詮は1人の人間に過ぎません。

当然、年齢から来る衰えも出てきます。

 

きっと、どこかで限界を感じながら、それでも気力で走り続け、最後は燃え尽きてしまったということなのかもしれませんね。

いつか必ず訪れる現役引退の日

ファンにとっては寂しい話ですが、こればかりはいつか訪れることなので仕方ありません。

後閑信一さんが納得して引退したのであれば、

「お疲れ様」

と労をねぎらいたいですね。

 

現在、評論家として活動していますが、また違う道でも、多くのファンから愛され続ける後閑信一さんでい続けてほしいと願っています。

 

後閑信一の経歴

後閑信一経歴

後閑信一経歴

現在、スポーツ報知専属の評論家として活動している後閑信一さんですが、ここで、これまでの彼の経歴を振り返ってみたいと思います。

 

後閑信一さんは、1970年5月2日群馬県前橋市生まれの48歳。

少年時代に、ギア付きの自転車と競争して走り勝ったことに快感を覚え、周囲の後押しもあり、競輪選手を目指し始めます。

 

高校時代(前橋育英高校出身)、自転車競技で

『京都国体でのスプリント競技(1988年)』

など、数々の実績を挙げ、日本競輪学校(65期生)に技術免除を受けて入学。

 

そのまま優秀な成績で卒業するかに思えましたが、同期の面々には、

  • 山本真矢
  • 吉岡稔真
  • 古川圭

など、すごい選手たちがひしめき、そのためか、後閑信一さんは地味な存在だったようです。

 

とはいえ、強さや将来性を高く評価されていました。。

競輪学校卒業後は、前橋競輪場を拠点として競輪選手として活動し、

『共同通信社杯競輪』

に、2度優勝するなど輝かしい実績を挙げています。

不死鳥の男の始まり

2007年10月には拠点を東京に移し、しばらく低迷の時期も経験しますが、2013年のオールスター競輪で優勝するなど、何度も復活劇を見せています。

 

怪我に泣かされることも多く、それでも気迫ある走りを見せて復活する姿が、いつしか、

『不死鳥の男』

という愛称で呼ばれるまでになったそうです。

 

もちろん、本当の不死鳥のように、後閑信一さんが永遠の命を持っているわけではありません。

気力の限界

どんなに気力を振り絞っても、いつかは力尽きるときが来ます。

その日が、2017年末に訪れました。

先程もお話したとおり、

「G1で優勝を狙える体力も気力もなくなった」

という言葉を残し、後閑信一さんは競輪選手としての人生に幕をおろしたのです。

 

現役時代、パワフルでたくましく、先行タイプにふさわしい魅力あふれる競輪選手だった後閑信一さん。

その姿は、間違いなく多くの競輪ファンの記憶に残ることでしょう。

後閑信一は誰もが認める偉大な選手

本記事では、簡単に経歴を紹介していますが、

後閑信一さんの活躍は、まだまだこんなものではありません。

後ほど、成績・獲得賞金も紹介していきますが、競輪界を牽引する偉大な選手だったことは間違いありません。

 

後閑信一の成績・獲得賞金

後閑信一

後閑信一

群馬・東京を拠点に競輪選手として活躍し、怪我などからも何度も蘇った不死鳥の男・後閑信一さん

では、彼が現役時代に、どれだけの成績を残し、賞金を獲得してきたのか振り返ってみましょう。

後閑信一の通算成績

後閑信一さんの、現役時代の通算成績は、

『2158レース出走中、1着:551回、2着:311回、3着:255回』

という成績を残しています。

 

それも、3連対に51.7%も絡んでいるのですから、いかに凄い選手だったのか伺えますよね。

なお、優勝回数は77回で、主な獲得タイトルは、

  • 『共同通信社杯』(1996年・2001年)
  • 『競輪祭(競輪王)』(2005年)
  • 『寛仁親王牌競輪』(2006年)
  • 『オールスター競輪』(2013)

など…。

 

確かにタイトル数だけを見て、世界的にも有名な

  • 中野浩一
  • 神山雄一郎

と比較したら、その数は少ないです。

 

ただし、獲得タイトルだけが評価の全てではないと思います。

連対を外さないというのも、試合を棄権しないというのも、その選手の実績です。

その点において、後閑信一さんは、他の選手に負けていませんでした。

 

自他ともに認めるタフガイであったからこそ、後閑信一さんは、

『不死鳥の男』

と呼ばれ、多くのファンから愛されていたのです。

後閑信一の生涯獲得賞金額

さて、後閑信一さんが現役時代に得てきた獲得賞金についてですが、残念ながら具体的な数字は公表されていませんでした。

ただ、一部では

約12億円

と言われています。

長年走り続け、実績を残した人なので、12億円と言われても十分納得できる金額ですよね。

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まとめ

競輪界の

『不死鳥の男』として人気を博した後閑信一さん

は、まさにその名にふさわしい、タフガイでもありました。

 

彼の経歴・戦績を振り返ってみると、地味ながらも力強い走りを見せ、2158レースに出走し、棄権・失格はわずか48

しかも3連対率が51.7%と、見事な走りを見せ続けていた

『レジェンド』

ということも分かりました。

 

現在はスポーツ報知専属の評論家として活躍していますが、今後立場は変わっても、競輪界を影で牽引し続けてくれることでしょう。

ますます、競輪界を盛り上げ、彼自身が、多くのファンから愛され続けていくことを願っています。

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masayan

音楽・スポーツ観戦が大好きで、アーティストではJUJUさん・欅坂46など、スポーツではヴィッセル神戸(サッカー)にハマっています。 性格も猪突猛進タイプで、芸能・スポーツを中心に、幅広く思いがストレートに伝わるような、面白くためになる記事となるよう、心がけて執筆しております。どうぞよろしくお願いいたします。

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