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岩瀬仁紀の全盛期のスライダーと年俸がエグい!引退理由と成績を紹介

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1つの時代の終わりを感じさせますね…。

中日の岩瀬仁紀投手が、現役引退を発表。

荒木雅博選手、浅尾拓也投手とともに、中日黄金期の象徴だった選手がまたユニフォームを脱ぎます。

節目にして前人未到の1000試合目の登板が、引退試合となるのでしょうか。

当記事では、全盛期の岩瀬仁紀投手を振り返りながら、引退理由を紹介します。

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中日・岩瀬仁紀投手が引退を発表

2018年は、中日ファンにとっては悲しい知らせばかりが入ってきますね。

最初の悲しみは、燃える闘魂・星野仙一さんが亡くなったことから始まりました。

そして浅尾拓也投手、荒木雅博選手、さらには球界のレジェンドにして中日黄金期の絶対的守護神として中日を支え続けた岩瀬仁紀投手も現役を引退すると発表…

さらには、9月27日に野本圭選手も引退を発表をしましたね。

立て続けの引退ラッシュに、悲しみは連なるばかりです。

 

岩瀬仁紀投手は、現在の通算登板数は歴代1位の999試合。

引退試合を前人未到の1000試合目でおこなうのか、はたまた恩師・星野仙一さんにかけた1001試合目で、おこなうのかはわかりません。

いずれにしても、引退試合はおそらく金曜日からのナゴヤドーム最終戦シリーズ3連戦のどこかでおこなわれるのでしょう。

選手兼任コーチになったあたりで、

「今年で引退かなぁ…」

と薄々は感じていましたが、いざ引退となると寂しいですね。

 

テレビ番組で、岩瀬仁紀投手は

「目標がないとモチベーションが全く続いていかない」

というタイプだということが語られていたので、1000試合登板がいいきっかけだったのかもしれません。

引退理由については、まだ会見がないのではっきりとは語られていませんが、

「競ったところで投げていない証拠」

という、ホールドの少なさという数字に表れる部分で、自分の限界を感じたということなのだと思います。

(ちなみにコーチ自体は、シーズン開始前にコーチ枠が多すぎるとのことで、荒木雅博選手と一緒に契約を解除されています。)

 

黄金期を支えたメンバーの引退は、今の中日のとてつもなく弱い状況も相まって、寂しさがより一層強くなりますね。

これがせめて、今も中日がAクラス常連のチームだったら、もう少しさみしさも和らいだと思うのですが…。

そういえば、岩瀬仁紀投手も逆指名で中日に入った選手でした。

福留選手といい、実質逆指名だった浅尾投手といい、中日の黄金期を支えた選手は逆指名の選手が結構いたんですね…。

 

岩瀬仁紀の成績を紹介!全盛期のスライダーもチェック

岩瀬仁紀投手の現役時代の成績を振り返ってみましょう。

とは言っても、最後の登板がありますし、どういう形で登板するのかによっては、ホールドまたはセーブが増える可能性があります。

岩瀬仁紀の年度別成績

1999年 65試合 10勝2敗1セーブ 防1.57 ★最優秀中継ぎ

2000年 58試合 10勝5敗1セーブ 防1.90 ★最優秀中継ぎ

2001年 61試合 8勝3敗 防3.30

2002年 52試合 4勝2敗 防1.06

2003年 58試合 5勝2敗4セーブ 防1.41 ★最優秀中継ぎ

2004年 60試合 2勝3敗22セーブ 防2.80

2005年 60試合 1勝2敗46セーブ2ホールド 防1.88 ★最多セーブ

2006年 56試合 2勝2敗40セーブ5ホールド 防1.30 ★最多セーブ

2007年 61試合 2勝4敗43セーブ3ホールド 防2.44

2008年 51試合 3勝3敗36セーブ5ホールド 防2.94

2009年 54試合 2勝3敗41セーブ1ホールド 防2.12 ★最多セーブ

2010年 54試合 1勝3敗42セーブ3ホールド 防2.25 ★最多セーブ

2011年 56試合 1敗37セーブ7ホールド 防1.48

2012年 54試合 1勝3敗33セーブ6ホールド 防2.29 ★最多セーブ

2013年 55試合 2勝3敗36セーブ8ホールド 防1.86

2014年 34試合 1勝2敗20セーブ4ホールド 防3.52

2015年 登板なし

2016年 15試合 0勝2敗2ホールド 防6.10

2017年 50試合 3勝6敗2セーブ26ホールド 防4.79

2018年(9月27日まで) 45試合2セーブ9ホールド 防4.81

見てわかると思いますが、凄まじい成績です。

通算999試合登板、406セーブ

はもちろん、日本プロ野球記録です。

引退試合があるはずなので、最終的には前人未到の1000試合に登板することになりますね。

まぁ、登板数は2位の米田哲也さんは、949試合中626試合が先発登板という化け物じみた記録を持っているので、印象としては薄れてしまうかもしれませんが…。

セーブについては、日本プロ野球で400セーブを達成した人は岩瀬仁紀投手しかいないので、間違いなく日本最強の抑えと言っていいでしょう。

それどころか、300セーブ達成者も岩瀬仁紀投手しかいません。

そう考えると、異次元の存在ですよね。

また、日本シリーズには6度出場していますが、一度も失点をしたことがありません。

 

その記録を支えたのが、岩瀬仁紀投手の鉄腕ぶりです。

ルーキーイヤーから15年連続50試合登板というのは、最近問題視されている登板過多とは何だったのかと思わせる異常なタフネスさ…。

結局、2014年に怪我をしてしまいましたが、その後復活して2017年には42歳で50試合登板をしているのですから、化け物ですよね。

まぁ、岩瀬仁紀投手の場合は、ずっと投手でやってきたわけではなく、大学時代、最初は打者として活躍していて、投手として投げていない時期があったのが、長続きした理由なのかもしれません。

ちなみに大学時代の岩瀬仁紀投手は、外野手としてベストナイン4度受賞、大学日本代表に選出されるなど、打者としても才能があったんですよ。

 

岩瀬仁紀という人がどんな投手だったのか…

それを一言でいうなら、

死神

でしょう。

キャリアの大半をクローザーとして務めてきたため、

試合の終わりに現れ、相手チームの息の根を止める

ことと、背番号の13という数字が大アルカナで死神を表すことから、ファンから死神と呼ばれたのです。

そして何と言っても忘れてはいけないのは、伝家の宝刀・高速スライダーですよね!

岩瀬仁紀投手のスライダーは非常にエグい曲がり方をして、全盛期はスライダーという言葉通り、真横に滑っていきました。

この動画のスライダーを見るとよくわかりますね。

ストライクゾーンの端から端まで曲がっていくような鋭さがありました。

打者の手元付近で急に曲がっていくので、打者がストレートと思って振ると空振りになってしまうのです。

 

しかし、テレビの中継アングルだと、いまいち岩瀬仁紀投手のスライダーの曲がり具合がよくわかりません。

なので、今度はこの動画で曲がり具合をチェックしましょう。

この動画を見てもらえればわかりますが、非常に鋭く曲がっています。

テレビの中継カメラでも曲がって見えるのですが、アングルのせいであまり凄さが感じられないんですよね。

正面アングルからの映像があれば、きっと岩瀬仁紀投手のスライダーがどれほど鋭い曲がりをしているかがよくわかると思いますよ。

この動画は2012年時点なので、全盛期はもっと鋭い変化をしていました。

左打者からすると、球が消えたように見えるほどの魔球だったのです。

このスライダーに加え、球速が衰えてきたころからはシュートを習得、さらにはシンカーやチェンジアップも試すなど、毎年新しい球種に挑戦する向上心も素晴らしいですよね。

研究してきた相手のさらに上を行くための努力も怠らない、それが岩瀬仁紀投手なのです。

 

岩瀬仁紀の年俸はいくら?

岩瀬仁紀投手は、日本を代表するレジェンドクローザーというだけあって、年俸もすごい額をもらっていました。

生涯でどのくらいの年棒をもらったんでしょうか。

岩瀬仁紀投手の年棒も紹介しますね。

岩瀬仁紀の年俸推移

1998年 契約金1億円

1999年 1300万円

2000年 4200万円

2001年 8000万円

2002年 1億500万円

2003年 1億4000万円

2004年 2億円

2005年 2億3000万円

2006年 3億500万円

2007年 3億8000万円

2008年 4億3000万円

2009年 4億3000万円

2010年 4億3000万円

2011年 4億3000万円

2012年 4億5000万円

2013年 3億7000万円

2014年 3億7000万円

2015年 3億円

2016年 5000万円

2017年 5000万円

2018年 7500万円

まさに超一流という年俸ですよね。

なんと生涯年俸は約50億円!

50億円ですよ、5億円ではありません。

規模が違いすぎて想像すらできない数字です。

2008年には年俸が4億3000万円を超え、一時期はその年の投手最高年俸だったこともありました。

実際、その額にふさわしい成績を残していたのですから、4億円という額にも納得ですよね。

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まとめ

日本記録の999試合登板、406セーブという異次元の記録を持つ中日史上最強のクローザー・岩瀬仁紀投手が2018年限りで引退します。

引退試合があるはずなので、登板数は1000試合。

1000試合に登板した投手は日本では存在しないので、前人未到の記録に足を踏み入れたということになりそうです。

死神と呼ばれ、全盛期は出てくるだけで他球団ファンに絶望感を与えた絶対的守護神。

中日黄金期を代表する投手だっただけに、岩瀬仁紀投手の引退は、一時代の終わりを感じさせますね。

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watari1

好きなもの:野球、アニメ・ゲーム、特撮 趣味:ゲームに没頭すること、文字書き 座右の銘:『なるようにしかならない』 何をどれだけ貯めていようと、命尽きれば人生は終わり。 終わってしまった過去も、何が起こるかわからない将来も、考えるだけ無駄ではないか? そう考えたことがきっかけで、それなら今を楽しむことだけ考えよう、を信念に日々を過ごすようになりました。 自分の興味関心のある出来事やニュースについて、偏屈者ではありますが、思うままに綴っていければと思っています。

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