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肉じゃがの発祥をチェック!舞鶴と呉のどっちが正しいの?

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肉じゃが

日本のおふくろの味として有名な料理に『肉じゃが』がありますよね?

どこの家庭でも作られたことのある料理だと思うのですが、

どこが発祥の地か知っていますか?

聞かれると、意外と知らない人が多いのですが、実際問題、

発祥の地は、正確に判明していないのです。

この発祥地問題については諸説あり、

  • 京都府舞鶴市
  • 広島県呉市

で争っている状態でもあります。

そこで今回は、肉じゃがの発祥といわれる土地を紹介していきます。

どちらが本当なのか、それとも他に発祥の地があるのかを考察する参考にしてみてください。

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肉じゃが発祥として最初に名乗りを上げたのは舞鶴

肉じゃがの発祥地に、1番最初に名乗りを上げたのは、かつて鎮守府が置かれていた京都府舞鶴市です。

なぜ、そう言い出したのかを紹介していきます。

発端は東郷平八郎

京都に対ロシアの戦略基地として舞鶴鎮守府が出来た当初、初代司令長官として赴任していたのが東郷平八郎です。

東郷平八郎は、以前イギリスに留学していた際に食べたビーフシチューを作るように、当時のシェフに命じたといいます。

ですが当時のシェフが、ビーフシチューの作り方を知らなかったため、平八郎は

食べたときの印象

から作り方を伝えました。

その話を聞いたシェフが思考錯誤しながら、

醤油と砂糖でビーフシチューを再現しよう

として作り出したのが、

肉じゃがの始まり

といわれているのです。

ビーフシチューの作り方はすで伝わっていた

ビーフシチューを再現しようとした結果、今の肉じゃがの原型ができた、とされていますが、これには疑問が残ります。

それというのも、

当時すでにビーフシチューの作り方は伝わっており、海軍で使われていたレシピ帳にも載っていた

されています。

また、作り方が牛鍋や大和煮と似ていた話から、試行錯誤したという話も信憑性が薄くなっているのが現状です。

舞鶴の町おこしに使われた

舞鶴の肉じゃが発祥に関しては、疑問符が出ていますが、

『嘘から出たまこと』

という言葉があるように、嘘でも本当のように伝わることはよくあります。

時は少し過ぎ、1990年代中頃になると舞鶴市は、

『この肉じゃがの発祥地は舞鶴だ』

ということを世間に対して言い始めました。

これは先程紹介した

『東郷平八郎がビーフシチューのかわりに肉じゃがを作らせた』

という話が由来しています。

根拠のない都市伝説として扱われているものの、それを100%証明する方法もないため、町おこしの一環として上手く取り入れられたようです。

肉じゃがに限らず、すでに発祥がどこなのかわからないものも多く存在するからこそ、完全ではないにしても受け入れたのでしょう。

ようするに、

きっかけは何でも良い

というわけですね。

 

肉じゃが発祥の2番目は広島県呉市

舞鶴市が肉じゃが発祥地と公表したのが1995年頃ですが、この3年後。

広島県呉市も、肉じゃがの発祥地を世間に対して言い始めました。

では、なぜ呉市は、肉じゃがの発祥地をアピールし始めたのでしょうか?

呉市にも東郷平八郎が関係している

広島県呉市には、舞鶴市と同様に鎮守府が置かれていました。

東郷平八郎は、舞鶴鎮守府の司令長官になる10年前には、呉鎮守府にも赴任している経歴があったのです。

そして舞鶴鎮守府で、東郷平八郎が作らせたといわれる肉じゃがの知名度が上がるにつれ、

『肉じゃがは呉鎮守府で作られたかもしれない』

という噂を流したため、呉市も肉じゃが発祥の候補地のようになっていったのです。

東郷平八郎がいた以外の接点は見つかっていない

舞鶴市同様、呉市にも肉じゃが発祥地というブランドがついたわけですが、

この根拠は未だに判明していません。

肉じゃがの火付け役になった

東郷平八郎が赴任していたという接点のみ

が呉市と肉じゃがを繋いでいるのです。

舞鶴市と同様、町おこしの一環としての話題作りが主な目的だと言われています。

 

噂も募れば発祥となる

肉じゃが 発祥 噂

明確な根拠がないまま、肉じゃが発祥の地となった舞鶴市と呉市。

一度流れた噂は、あっという間に広がっていきました。

実際、舞鶴市では『まいづる肉じゃがまつり』が開催されたり、呉市では『くれ肉じゃがの会』が結成されています。

噂の元になった当時の住人とっては、町の話題作りになるであれば、明確な根拠などはあまり気にすることではないようですね。

むしろ嘘でも本当でも、町が活気づく材料は大歓迎だったのでしょう。

対面上は対立していたように見えますが、舞鶴市・呉市が話し合いを行い

『双方とも発祥地』

という結論を出しています。

大切なのは発祥がどこかではなく、

広く親しまれているかどうか

というのが、このことからわかりますね。

 

東郷平八郎に感謝

東郷平八郎

東郷平八郎

発祥がどうであれ、今現在、肉じゃががこれほど日本に浸透しているのは『東郷平八郎』がいたおかげでしょう。

本人に自覚はないかもしれません。

しかし、ブームの火付け役になってくれたおかげで、

日本の文化が新たに増えた

のは間違いありません。

肉じゃがに限らず、

他にも発祥地が判明していないものは数多く存在します。

 

あのラーメンの麺でさえ正確な発祥地はわからないとされているのです。

それでも日本中の人に、愛される食べ物となることができているのはなぜでしょう?

中国人が日本で中華料理店を開店したのが始まりともいわれていますが、誰かしらが広めた結果、今の長いブームにつながっているのは確かです。

何が原因になるかは分かりませんが、肉じゃがにしてもラーメンにしても

広めてくれたことに感謝

しながら食べれば、有難みがわかるというものです。

なので、

「肉じゃがを食べられるのも東郷平八郎のおかげだな」

と頭の片隅にでも置いておくとよいのではないでしょうか?

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まとめ

『肉じゃがの発祥をチェック!舞鶴と呉のどっちが正しいの?』、いかがでしたか?

今回のまとめとしては、

『肉じゃがの発祥地に、現時点で正解は存在しない』

ということがいえるでしょう。

発祥地がはっきりするに越したことはありません。

ですが、今回のように発祥地が判明しない場合は、互いの存在を認めながら発展を目指すことは、とても前向きでよい考えでしょう。

肉じゃがに限らず、発祥地が判明していないものは、まだまだ多くあります。

それらにあっても、肉じゃがのように

誰が正しいかではなく、どちらも尊重する

という考えで、互いに発展していってほしいですね。

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kenimamebo

在宅ライターとして、日々研鑽を重ねる毎日を送っております。 座右の銘は、『風林火山』。 孫子から始まり、武田信玄公の旗指物にも書かれたこの言葉通り、様々な状況でも行動できる人物になるのが目標です。 しっかりと記事を書き続けていきますので、よろしくお願い致します。

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