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尾畠春夫の経歴や過去が凄い!ボランティアと自作自演の噂の真相は?

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子供たちにとって、楽しくて仕方がない夏休み。

お盆休みには、おじいちゃんやおばあちゃんの家へ泊まりに行く家庭も多いですね。

そんな帰省のときに、気をつけたいのが”子供が事故や事件に巻き込まれないこと”でしょう。

 

山口県周防大島町では、

わずか2歳の男の子が行方不明

になる事件が発生してしまいました。

しかも

3日間

も見つかっていないという状況でした。

安否が心配された男の子でしたが、ボランティアで捜索活動に参加した、尾畠春夫さんがあっさりと発見して、無事に保護されたのです。

 

しかし尾畠春夫さんは、男の子を見事発見した英雄のはずが、

自作自演ではないか?

などと噂されています。

尾畠春夫さんとは、一体どのような男性なのでしょうか?

 

今回は、尾畠春夫さんの経歴や凄い過去とボランティアについて調査し、山口の行方不明2歳児の発見は自作自演ではないかという噂について調べていきます。

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尾畠春夫の経歴は?

尾畠春夫さんは実は、ボランティア業界では、とても有名な人で、テレビでも何度も紹介されています。

そんな尾畠春夫さんの経歴をチェックしていきましょう。

尾畠春夫

尾畠春夫

名前:尾畠 春夫(おばた はるお)

年齢:78歳

出身地:大分県日出町

尾畠春夫さんは、

大分県別府市で鮮魚店

を65歳まで営んでいました。

そして、

40歳のときに登山を始めた

というんです。

主な登った山は、

  • 北アルプス
  • 富士山

なんと、

鹿児島県の佐多岬から北海道の宗谷岬まで徒歩で横断

したこともあるというから、驚きですよね。

 

尾畠春夫のボランティア

尾畠春夫さんのこれまでのボランティア活動は、

  • 大分の由布岳の登山道の整備
  • 東日本大震災で大分県と宮城県南三陸町を車で往復し、計500日間支援
  • 被災地で写真やアルバムを回収する『思い出探し隊』の一員としても活動

という素晴らしい行動力のある人です。

ボランティア活動は、したい気持ちがあっても、なかなか行動できない人も多いですよね。

実際に行動に起こしている尾畠春夫さんは、尊敬すべき素晴らしい人だと思えます。

 

尾畠春夫さんは、以前に地元である日出町のインタビューで

今の自分があるのは周りの人のおかげ、困っている人がいれば手を差しのべるのはあたり前

と語っていました。

人への感謝の気持ちから、進んでボランティア活動をしているのです。

 

彼は被災地のボランティアへ行った際に、今までの経験を活かし、

ボランティアのメンバーのリーダー的存在

となっていたようです。

 

2011年の東日本大震災のときは、軽自動車に乗って3日かけて被災地へ向かいました。

鹿児島から北海道への日本列島縦断の旅で、親切にしてもらった南三陸町の人を訪ねたそうですよ。

自分が大変なときに、優しく迎え入れてくれた人々への感謝の気持ちを、しっかりと行動で返したわけですね。

 

実は尾畠春夫さんは、2004年の新潟県中越地震の被災地でもボランティア活動に参加しています。

 

そんなボランティアのベテランである彼のことを、若手のボランティアの人たちは

『師匠』

と呼んで、尊敬し親しまれていたそうです。

彼は、ときには初対面のボランティア参加メンバーに、厳しい言葉をかけることもありました。

しかし、それは全て

彼らが次の現場に行ったときに、同じミスはしないだろう。

自分は嫌われてもいい、これまでの体験を伝えることでボランティアが育ってくれれば

と、ボランティアの力を信じているからこそ。

 

尾畠春夫さんのボランティア活動は、

単なる作業ではなく、相手の気持ちを考えたもの

でとても温かい活動なのです。

自分の可能性を信じ、人に感謝し、その感謝をボランティアという形で伝え続けている、かっこいい男性です。

まさに『師匠』という言葉がぴったりな人ですよね。

 

尾畠春夫さんは、自身のボランティア活動について

体力の続く限り続けたい

としています。

人のために何かをすることを生きがいにしている人は、とてもいきいきとしていて、全身からパワーがみなぎっているようです。

尾畠春夫さんのパワーの源は、正義感と人に対する思いやり・感謝の気持ちなのでしょう。

 

尾畠春夫の凄い過去

尾畠春夫さんは、

「聖人すぎる」

なんて言われていますね。

そんな彼のモットーは、

ボランティアはすべて自己責任。

人を頼ったり物をもらったりしちゃいけない。

実際に、今回の藤本理稀ちゃんを発見した際に、お風呂や食事を勧められても、完全に断っていました。

ぶれない姿勢は、プロフェッショナルです。

尾畠春夫さんは、

何も求めないのが、私は真のボランティアだと思うんですよ。

と語っています。

 

本当に無償で、人のためだけに行動ができる人は、そんなに多くはいませんよね。

もちろん現場へ向かう交通費も自費です。

そう聞けば、「さぞかしお金持ちなんだろう…。」と思いきや、尾畠春夫さんは年金暮らし。

贅沢はせずに、暮らしているようです。

どうしたら彼のような人間になれるのでしょうか。

 

彼の過去の凄い映像が残されていました。

こちらの映像は、

由布岳(大分県)に恩返しをする

という内容です。

 

尾畠春夫さんは、廃材の板を赤いペンキで塗り、ヒモを縛って網を作っています。

大きな荷物と、赤い板、作った網を背負って由布岳を登頂していきます。

由布岳にあったベンチは、木の板の部分が古くなって崩れ落ちてしまっていました。

その木の板を全て外して、彼は自分で作った赤い板で新しいベンチを作り始めるのです。

さらに赤いテーブルまで完成し、そこで休憩して、ご飯を食べることのできるスペースを完成させました。

 

その後、作った網に拾ってきた大量の岩を詰め込んでいきます。

これは、山崩れが起きた場所の

つちどめ

という作業で、山の崩壊を防ぐものです。

 

尾畠春夫さんは、

「山が泣いている」

といい、山を守るために、このような活動をしているのです。

 

人相手だけではなく、自然に対しても、自分のできることをしてあげたいという気持ちを持っている人なんですね。

普通の人には、なかなかできないことでしょう。

尾畠春夫さんは、日ごろからこのような人のため、自然のために行動し生きてきたのだと思います。

本当に心がキレイで強い、すごい人だなと思わされますね。

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尾畠春夫の自作自演の噂とは?

山

尾畠春夫さんは、12日から行方が分からなくなっていた山口県でいなくなった2歳児、藤本理稀ちゃんを捜索するため、ボランティアとして参加していました。

藤本理稀ちゃんは、山口県周防大島町家房の曽祖父の家へ、家族で帰省中だったのです。

 

2018年8月12日午前10時半ごろ、曽祖父の家から約400メートル離れた海に行くため、祖父と3歳の兄と家を出ます。

約100メートルほど進んだところで、

「行きたくない」

と言って、藤本理稀ちゃんは1人で曽祖父の家に引き返してしまうのです。

 

藤本理稀ちゃんは、2歳になったばかりの男の子ですが、「行きたくない」という言葉をきちんとしゃべれていたということですね。

男の子は女の子と比べて、しゃべりだすのが遅いと言われていますが、お兄ちゃんがいる影響なのか、藤本理稀ちゃんはおしゃべりが上手だったようです。

藤本理稀ちゃんは、来た道とは別の道で帰宅していましたが、曽祖父の家の隣家の前まで行っていることは確認済みです。

 

曽祖父は、

「後から来る母親たちが見つけるだろう。」

と思い、この後は追わなかったそうで、その後に合流した母親たちが理稀ちゃんの姿を見ていないことで、行方不明になったと判明しました。

「あのときにきちんと送り届けていれば」

と、とても悔やんだと思います。

子供は一瞬でも目を離すと、急にいなくなってしまうこともあるので、本当に気をつけなくてはいけませんね。

 

県警や消防は、2018年8月12日から藤本理稀ちゃんの捜索を続け、2018年8月15日の午前6時半ごろ

曽祖父宅から北東側約560メートル先の山中

で無事に発見されました。

このとき、藤本理稀ちゃんを抱きかかえて山からおりてきたのが、警察でも消防でもなく

捜索ボランティアの尾畠春夫さん

だったわけです。

 

以上が行方不明事件の発端と顛末となりますが、どうして無事救助した尾畠春夫さんが、自作自演だなどと噂されているのでしょうか。

ネットでは、

ニュース見たけど、自作自演っぽいと思ってしまった。

自作自演の可能性は無いのかな?

という意見も出ています。

 

これには、警察や消防がどうしても見つけられなかった藤本理稀ちゃんを

ボランティアの尾畠春夫さんが捜索開始からわずか20分で発見した

ということが関係しているようです。

 

尾畠春夫さんは、これまでの経験から

人間は下におりるよりも上にあがる方が好き

という持論をもって捜索をして、見事に予想を的中させました。

あまりにもあっさりと見つけたことから、自作自演に感じると思われているみたいですね。

 

実は尾畠春夫さんは、2年前の2016年に大分県佐伯市内で2歳の女児が行方不明になったときも捜索ボランティアに参加していました。

その際に、別のボランティア男性が警察の捜索区域外の山道を登っていき、無事に女児を発見したのです。

子供は大人が考える以上の行動範囲がありますよね。

この尾畠春夫さんの経験が、早期発見に繋がったのです。

 

彼の行動を知った人は、

こんな人いるんだなーマジで泣けるわ

子供の生存を100%信じている顔、その意思があってこその発見

素晴らしい人

と尾畠春夫さんを尊敬する声もたくさんあがっています。

 

これまでの行動からも、

尾畠春夫さんの自作自演はありえない

といえるのではないでしょうか。

今までの経験や功績を考えれば、ここで自作自演をする人だとは、とても思えません。

 

今回、2歳の男の子が、もう3日も見つかっていないことから、諦めかけていた人も多かったんです。

『見つかった』

という速報が入った瞬間に、

「無事なの?」

とドキッとした人もたくさんいました。

 

藤本理稀ちゃんが無事に生きていたのは、

自分でさわの水を飲んだりしていた可能性があるから

だそうです。

2歳になったばかりの男の子が、自分で水を飲み、暗い山の中で夜を過ごして頑張って耐えたと考えると涙が止まりません。

幼い男の子がたった1人で、本当によく頑張ったなと思いますね。

そして、絶対に生きていると信じて捜索をした尾畠春夫さんのおかげで、小さな命が守られたのです。

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まとめ

いかがでしたか?

今回は、尾畠春夫さんの経歴や凄い過去とボランティアについて調査し、山口の行方不明2歳児の発見は自作自演ではないかという噂について調べました。

 

尾畠春夫さんは、

65歳まで大分県別府市で鮮魚店

を営んでいました。

 

40歳で登山を始め

その経験を活かし、ボランティア活動にも積極的に参加。

そのボランティア経験の豊富さから、

『師匠』

と呼ばれるほどの人物です。

 

尾畠春夫さんの凄い過去は、由布岳に恩返しの為に

  • 手作りの赤いベンチとテーブル
  • 手作りの縄に岩を詰めてつちどめ

を作ったことです。

 

感謝の気持ちでボランティア活動をしている

という尾畠春夫さんは、

自分の功績のために自作自演をするような人ではない

といえるでしょう。

 

尾畠春夫さんのこれまでの活動を知り、こんなに素晴らしい活動をしている人がいるのだと、今回はじめて知ることができました。

『信じること』『感謝すること』の素晴らしさを教えてくれました。

彼は今後もボランティア活動を行っていくということです。

身体に気を付けて、いつまでも元気でいてほしいと思いますね。

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jasm1ne

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