野球

元木大介の現在とは?高校時代とプロでの成績や年俸をチェック

投稿日:

元木大介さんといえば、

「くせ者」

と呼ばれ、隠し玉などのセコい手を使うプレイヤー…。

そんなイメージが強いと思います。

プロ引退後は、お店を営んでは閉店を繰り返したことを『しくじり先生』で語るなど、あまりいいところがないように見えます。

そんな元木大介さんは、現在、何をしているのでしょうか?

また、元木大介さんの現役時代の成績、そして意外と知られていない、大スターだった高校時代についても紹介します。

アドセンス

スポンサーリンク

元木大介の現在は日本代表監督!?

あの元木大介さんが、国を代表する選手たちを率いる監督である…。

そう言われて、信じられる人はどれくらいいるでしょうか。

元プロ野球選手の元木大介さんに、あまりコーチや監督は似合わなさそうなイメージがありますよね。

現役引退後はタレントとして活躍したり、ラーメン店を開いては閉店したり、時々野球解説者として中継に登場するなど、さまざまな仕事をしていました。

そんな元木大介さんが、なんと、

カル・リプケン12歳以下(U12)世界少年野球大会の日本代表監督

となったのです。

この大会は、"鉄人"カル・リプケン氏の名を冠した野球大会。

12歳以下の少年を対象にして、毎年8月に開催される大会です。

日本は、2007年からボーイズリーグとヤングリーグで結成される日本代表が出場しています。

あの故・星野仙一さんが

子供に夢を

日本の野球を世界に

アマ野球の発展を

ということで支援。

遠征費用を負担し、『チーム星野』と呼ばれる日本代表チームを結成しています。

現在、チーム星野はこの大会を連覇中で、元木大介監督のもと3連覇を目指していきます。

 

ここで注意をしてほしいのは、U12監督と言われていますが、いわゆる侍ジャパンのことではありません。

侍ジャパンのU12代表監督は仁志敏久さんです。

 

それにしても、90年代後半~00年代前半に活躍していた巨人OBの監督率は非常に高いですよね。

侍ジャパンU12は仁志監督、U15監督は清水隆行監督、そしてカル・リプケンU12大会が元木大介監督…。

あの頃の巨人が好きな人には、とても懐かしく感じるメンツだと思います。

 

さて、現在は監督に就任した元木大介さんですが、実は、監督就任のきっかけとなったのは、

星野仙一さんがパイプ役となった

のだそうです。

もともと星野仙一さんは、元木大介さんのことをかなり評価していました。

元木大介さんが解説者として、『今の巨人は何がダメか』というのを星野仙一さんに聞いた時、星野仙一さんは

相手が嫌がる野球をしていかないとダメだ。

チームで戦っていないから、あいつさえ抑えておけば、あいつだけ打てば何とかなるチームに見える。

俺が監督の時、お前がいた時に、正直ほんとに嫌だった。

イライラした。

何してくるんだ。

と語ったのだそうです。

そして大きな転機となったのが、2017年の交流戦のこと。

巨人対楽天の試合の取材のために東京ドームへ来た元木大介さんを、星野仙一さんが呼び出し、

「よかったら、お前やれよ」

と、カル・リプケンU12大会とチーム星野のことを教えてもらい、推薦してもらったのだそうです。

その後、星野仙一さんは亡くなり、この話も消えただろうと思っていたころに正式オファーが…。

こうして、星野仙一さんをきっかけに、元木大介さんが指導者としての道をスタートさせたのです。

ステキな話ですよね…。

 

元木大介の現役時代・高校時代の成績をチェック!

元木大介さんは、

巨人一筋14年

という現役生活を送り、引退しました。

戦力外となった後も、複数球団からオファーがありましたが、

ジャイアンツが好きだから、入団したときから、このチームでいらないと言われたら辞めようと決めていた

との信念から、33歳という若さで現役を引退したのです。

 

そんな元木大介さんのプロでの成績はどうだったのでしょうか?

元木大介の年度別成績

1991年 一軍出場なし

1992年 34試合 .186 本0 点2 OPS.534

1993年 80試合 .237 本4 点15 OPS.701

1994年 90試合 .280 本4 点25 OPS.711

1995年 67試合 .244 本3 点25 OPS.655

1996年 91試合 .229 本9 点35 OPS.675

1997年 101試合 .282 本9 点32 OPS.724

1998年 114試合 .297 本9 点55 OPS.802

1999年 114試合 .229 本6 点34 OPS.627

2000年 114試合 .274 本5 点29 OPS.725

2001年 123試合 .292 本9 点39 OPS.773

2002年 121試合 .257 本6 点52 OPS.653

2003年 60試合 .224 本0 点14 OPS.547

2004年 55試合 .240 本2 点13 OPS.607

2005年 41試合 .305 本0 点8 OPS.708

通算成績は、

1205試合 .262 66本 378打点 出塁率.328 長打率.369 OPS.697 

という成績でした。

 

何というか、プロに入ってからの元木大介さんは、本当にダメでしたね。

ハワイ浪人した1年で、まともに練習できなかったことが響いたためなのか、元からなのか…。

とにかくサボり癖がすごく、自主練どころかメニューすらこなさなかったそうです。

 

しかも、元木大介さんは自著で、

「『くせ者』や『スーパーサブ』という立場で満足していた」

と語っていて、向上心もなかったのです。

そのため、このような平凡な成績におわってしまったわけですね。

 

そんな元木大介さんですが、実は高校時代は

大スター

と呼べるほど、全国的な人気を誇る大型ショートだったことを知っていますか?

大阪の古豪・上宮高校時代の元木大介さんは、甲子園に3回出場。

1989年の夏大会では、1試合2本塁打を放ち、甲子園の通算6本塁打は、清原和博さんに次ぐ2位タイの記録を持っています。

まさに記憶に残る男…。

スターとしての素質があったのです。

 

その人気ぶりは、甘いマスクも理由の1つです。

イケメンだった高校時代の元木大介さんを見ようと、3年夏の甲子園の際は女性ファンが殺到!

元木フィーバーが巻き起こり、しかも元木大介さんがこれまでの選手と違ったのは、

ファンを避けず、気さくな笑顔で手を振って応じる

という、まるで芸能人みたいな振る舞いをしたのです。

  • 授業中に外を見たら女子校の生徒が元木大介さんをを見ようと学校にきていた
  • 甲子園の開会式当日、混乱回避のために上宮高校だけ隔離されていた

などのエピソードもあるほど。

本当に、元木大介さんの高校時代は、とてつもない人気だったのです。

野球選手というよりは、アイドルのような人気でした。

 

元木大介の年俸をチェック!

最後に、元木大介さんの年俸を紹介します。

実は、成績の割に元木大介さんは、多くの年俸を手にしていたんですよ。

元木大介の年俸推移

1990年 契約金9000万円

1991年 840万円

1992年 860万円

1993年 980万円

1994年 2000万円

1995年 3900万円
1996年 3480万円

1997年 3660万円

1998年 4600万円

1999年 7500万円

2000年 7000万円

2001年 8800万円

2002年 1億2000万円

2003年 1億1200万円

2004年 1億円

2005年 1億円

なんと元木大介さんは、1億円プレーヤーだったんです。

成績からすると、打撃は普通、守備はお世辞にもうまいとは言えず走塁も普通…。

とても1億円プレーヤーとは思えないですが、人気があったからでしょうか。

あとは、金満球団の余裕といったところですかね。

スポンサーリンク

アドセンス

 

まとめ

元木大介さんは現在、なんと

カル・リプケンU12大会の日本代表監督

となり、子供たちを指揮する立場となりました。

現役時代は、成績自体はごく普通でしたが、隠し玉や読み打ちなど、敵を欺いたり何をしてくるわからない戦術家。

特に、そこが評価されているのだと思います。

事実、あの星野仙一さんも、

元木大介さんのような指導者がいるべきだ

とその才能を認めたわけですからね。

星野仙一さんに認められ、落合博満さんからもその実力を認められ、長嶋茂雄さんに愛された元木大介さん。

これを機に、指導者としても一花咲かせてほしいですね!

アドセンス

アドセンス

あわせて読みたい

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

watari1

好きなもの:野球、アニメ・ゲーム、特撮 趣味:ゲームに没頭すること、文字書き 座右の銘:『なるようにしかならない』 何をどれだけ貯めていようと、命尽きれば人生は終わり。 終わってしまった過去も、何が起こるかわからない将来も、考えるだけ無駄ではないか? そう考えたことがきっかけで、それなら今を楽しむことだけ考えよう、を信念に日々を過ごすようになりました。 自分の興味関心のある出来事やニュースについて、偏屈者ではありますが、思うままに綴っていければと思っています。

-野球

Copyright© My News23 , 2018 All Rights Reserved.