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衣笠祥雄の経歴と成績が凄い!鉄人が遺した名言・格言をチェック

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2018年4月23日に、元プロ野球選手にして、『鉄人』の異名で親しまれた衣笠祥雄さんが亡くなられました。

衣笠祥雄さんは、『鉄人』と呼ばれ、連続フルイニング出場や連続試合出場のイメージが強いのですよね。

でも、そのほかの成績も素晴らしく、赤ヘル軍団と言われたカープ黄金時代の中心選手でもありました。

そして、球界のレジェンドというだけあって、名言・格言も数多く残されています。

当記事では、広島カープの歴史に残るレジェンド・『鉄人』衣笠祥雄さんについて、現役時代の成績や経歴、さらには衣笠祥雄さんの遺した名言・格言を紹介していきます!

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鉄人・衣笠祥雄が大腸がんで亡くなる…

2018年は、プロ野球ファンにとって悲しいニュースがかなり続いています…

2018年1月4日には、"闘将"と呼ばれた燃える闘魂・星野仙一さんが亡くなられました。

そして、4月23日に、"鉄人"の名で親しまれた衣笠祥雄さんの訃報が入ったのです。

衣笠祥雄さんは、4月19日に野球解説でテレビ出演していたばかり…。

その時、2017年にもまして、声の調子がおかしく、かなりかすれ声になっていたので、

「衣笠さん大丈夫かな…」

「声聞こえない時もあるしかなり辛そう…」

「表情も硬いし、体調が心配」

と、明らかに衣笠祥雄さんの不調を多くの人が感じ取れていたので、心配ではあったのですが、まさかこんな結果になるとは…。

どうやら、衣笠祥雄さんは大腸がんを患っていて、今回の訃報もそれが原因となったようです。

 

衣笠祥雄の経歴・現役時代の成績を紹介!

衣笠祥雄さんと言えば、"鉄人"の名で知られるように、

連続試合出場日本1位(世界2位)

連続フルイニング出場日本2位(世界3位)

というイメージが非常に強いですよね。

連続試合出場記録は、なんと2215試合連続!

この数は、2位の金本知憲さんの1766試合とは、約450試合ほども差があるすさまじい記録です。

衣笠祥雄さんの記録の凄さは海を越え、アメリカでも『キヌガサ』の名が知られているほどなんですよ。

ちなみに、現在の連続試合出場世界1位、2632試合連続出場の記録を持つ"鉄人"カル・リプケン・ジュニアさんが衣笠祥雄さんの記録抜いた試合には、

来賓として招かれた

ということや、ともに少年野球発展に貢献したりなど、鉄人同士の繋がりもありました。

ちなみに、"鉄人"という愛称は、

1974年までつけていた背番号が『28』、当時『鉄人28号』が人気だった

ということから、鉄人と呼ばれるようになった経緯があるんですよ。

その愛称が、本当の意味での鉄人になってしまうとは、当時のファンは予想していたでしょうか…。

 

この本当の意味での鉄人・衣笠祥雄さんを支えた強靭な肉体は、本人のトレーニングの賜物でもありますが、

在日アメリカ軍人だった父の屈強な肉体…

その遺伝子も受け継いでいるのでしょうね。

実は、衣笠祥雄さんがアメリカと日本のハーフということは、あまり知られていない経歴かもしれません。

また、経歴と言えば、衣笠祥雄さんは、

中学時代は柔道部に入りたかったものの、柔道部がなかったため仕方なく野球部に入った

というのが、後の衣笠祥雄さんというレジェンドが生まれるきっかけになったのですよ。

 

また、さらに彼のすごいところは、鉄人と言われるその強靭な肉体だけではありません。

打撃成績は、安打や本塁打で10本の指に入るほどの素晴らしい強打者でもありました。

そんな衣笠祥雄さんの現役時代の成績も振り返ってみましょう!

衣笠祥雄の通算成績

2677試合(歴代5位)

打率.270

安打2543(歴代5位タイ)

本塁打504本(歴代7位タイ)

打点1448(歴代11位)

266盗塁

OPS.820

獲得タイトル

MVP:1回(1984年)

打点王:1回 (1984年)

盗塁王:1回 (1976年)

最多安打(当時は連盟表彰なし):1回 (1972年)

ベストナイン:3回 (1975年、1980年、1984年)

ゴールデングラブ賞:3回 (1980年、1984年、1986年)

改めて衣笠祥雄さんの現役時代の成績を見ると、

いやぁ、すごい!

としか言いようがありませんね。

この素晴らしい成績の数々は、まさにレジェンドと呼ぶにふさわしい選手でした。

 

本塁打自体は、32本がキャリアハイですが、それで通算500本超えは素晴らしいですよね。

一度も本塁打王を取っていないのに、通算本塁打で歴代7位…。

これで通算本塁打ランキング上位に出てくるのは本当にすごいことだと思います。

コンスタントに毎年30本ほどを長年続けていたからこそですし…。

 

衣笠祥雄さんは、山本浩二さんとともに『YK砲』と呼ばれ、1980年代の『赤ヘル軍団』の中心選手として活躍。

『YK砲』のアベック本塁打は86本と、『ON砲』の106本に次ぐ歴代2位の本塁打数であり、いかに強力なコンビだったかが伺える数字となっています。

MVPを獲得した1984年には、

130試合 .329 31本 102打点 OPS.952

という成績で、広島カープの日本一に貢献しました。

打撃だけが魅力だったわけではありません。

守備もゴールデングラブ賞を3回獲得したり、走塁でも

史上3人しかいない500本塁打・200盗塁

を記録していたりするなど、実は走攻守揃ったオールラウンドプレーヤーでもありました。

その功績や連続試合出場などの日本記録保持者、国民栄誉賞も受賞した素晴らしい選手として、衣笠祥雄さんが最後につけていた背番号『3』は、広島の永久欠番の1つとなっています。

 

また、打者・衣笠祥雄という人物を語る上で欠かせないのは、豪快なフルスイングですよね。

『人生、フルスイング』

という衣笠祥雄さんの著書のタイトルが語る通り、フルスイングが衣笠祥雄さんという野球選手そのものだったのです。

体勢を大きく崩すほどのフルスイングは、多くのプロ野球ファンがその姿に魅了されました。

とくに印象的だったのは、骨折の翌日に代打で登場し、江川卓さんの球をフルスイングで三振した時ですね。

この時は、広島カープファンのみならず、巨人ファンからも歓声が上がったほどです。

骨折をしていながらもフルスイングをやめず、豪快にバットを振るその姿。

敵味方のファン関係なく球場を魅了した、まさにエンターテイナーだったと言えるでしょう。

 

また、衣笠祥雄さんといえば、通算死球数が歴代3位の161という多さなのですが、投手への紳士的な対応が、彼の人柄の良さを物語っていましたよね。

投手の謝罪に応え、当たってしまった時も

「大丈夫」

と言って相手を気遣う場面が非常に多く見られました。

後に著書で、デッドボールに関して衣笠祥雄さんは、

死球は投手の投げ損ないと打者のよける技術の不足が重なったもの。

怒るのは自分の責任を棚に上げ他人を責めるに等しい。

という持論を語っていて、この発言も、彼の人柄を示すエピソードの1つですよね。

人間としても素晴らしかった衣笠祥雄さん…

そんな衣笠祥雄さんからは、人生のお手本となるような名言・格言も生まれています。

 

衣笠祥雄の名言・格言を紹介!

衣笠祥雄さんは、数々の名言を遺しています。

その中には、人生の役に立つような名言・格言があるので、彼が遺した言葉を紹介していきます。

野球が大好きでした。

こんな好きなことを一日たりとも休めますか。

連続試合出場の記録を達成した衣笠祥雄さん。

彼は、自身の記録について、このように語りました。

結局、衣笠祥雄さんにとって、野球は好きなことだからこそ続けてこられた、没頭できたわけです。

好きなことを大事にする、というのは、彼の中でかなり重要な部分だったみたいですね。

誰にも好きなことはあるだろう。

やっていて飽きないことがあるだろう。

だからお父さんは言うんだよ。

何でも好きなことをしなさいって。

好きなことには、きみたちの素質があるからなんだ。

という言葉も遺していることから、それが伺えます。

好きなことだから熱中できて、やめたいと思わずに続けていけるからこそ、さらに上達していける…。

まさに、

『好きこそものの上手なれ』

というわけですね。

 

どんな時でも、投げてくる球をしっかり見据えて、フルスイングしないと何も残らない。

明日につながらないんです。人生だって同じかもしれませんね。

こちらは衣笠祥雄さんの代名詞・フルスイングに関する言葉。

また、この言葉には続きがあり、このような言葉も遺しています。

「現在(いま)」を大事にして精一杯やるから、「未来(さき)」があるんじゃないでしょうか。

『人生、フルスイング』という著書のタイトルが示すように、目の前の球をフルスイング…。

つまり、目の前にある出来事に全力で取り組むからこそ、その先の未来が生まれるのです。

どんな形であれ、今頑張ったことは、必ず未来のどこかで役に立つときが来る…。

先を見据えすぎて、今をおろそかにしてはいけないと、改めて感じさせてくれる言葉ですね。

 

人間、自分ひとりでできることには限界がある。

だけど、人と力を合わせると、不思議なことに不可能も可能に、夢も現実になっていく。

だから、出会う人を大切にするんだよ。

衣笠祥雄さんの人柄を語る上で欠かせない名言は、まさにこれだと思いますし、これは人生における至言でもあると筆者は思います。

彼は、連続試合出場の日本記録、当時の世界記録を打ち立てましたが、この記録は自分だけでなく、周りの人たちの助けがあったからこそだ、ということを常に口にしていました。

自分だけでは限界があるため、周りの人やチームメートと力を合わせて一緒にプレーする…。

現役時代、強打者でありクリーンアップを打つことが多かった選手ながら、

88犠打

という犠打の多さを記録しています。

まさに、衣笠祥雄さんが

チームプレーを何よりも大切にした

という行動の表れですよね。

この衣笠祥雄さんの言葉は、人間の真理を表していると筆者は思います。

結局、人は孤独の中では生きていけません。

何らかの形で、必ず他の人と関わらなければならないのです。

そして、出会う人の中には、自分の心の支えになってくれるような人もいるでしょう。

それがリアルな関係でも、ネット上の関係でも、どちらでも当てはまります。

いつかそんな出会いもあるわけですから、他人を邪険にせず、他人に対して優しく接する思いやりの心が大切なのです。

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まとめ

連続試合出場の日本記録を持ち、強打者として数々の通算記録ランキングに名が残っている"鉄人"衣笠祥雄さんが、大腸がんで亡くなられました。

鉄人というイメージが強い衣笠祥雄さんですが、現役時代は『YK砲』の1人として、走攻守優れたオールラウンドプレーヤーでした。

また、人柄の良さも衣笠祥雄さんを語る上では欠かせなく、その人柄の良さを示すエピソードや名言も残っています。

衣笠祥雄さんの名言は、人生の格言とできるような素晴らしい言葉が多く、それもまた衣笠祥雄さんがどんな人だったかを表していますよね。

それだけに、これほどまでに素晴らしいレジェンドが、もうこの世にはいないと思うと、とても寂しい思いでいっぱいです…。

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watari1

好きなもの:野球、アニメ・ゲーム、特撮 趣味:ゲームに没頭すること、文字書き 座右の銘:『なるようにしかならない』 何をどれだけ貯めていようと、命尽きれば人生は終わり。 終わってしまった過去も、何が起こるかわからない将来も、考えるだけ無駄ではないか? そう考えたことがきっかけで、それなら今を楽しむことだけ考えよう、を信念に日々を過ごすようになりました。 自分の興味関心のある出来事やニュースについて、偏屈者ではありますが、思うままに綴っていければと思っています。

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