野球

川崎宗則の成績や年俸を紹介!引退の原因となった怪我と病気とは?

投稿日:

イチロー選手のことを、あまりにも好きすぎるところや、その愛らしいキャラクターから、プロ野球ファンの間で人気だったソフトバンクの川崎宗則選手。

2017年に怪我で離脱してから、1人だけ契約更改を済ませず、一部では『失踪したのではないか?』とも言われていましたが…。

プロ野球開幕が週末に迫った、2018年3月26日にきて、川崎宗則選手に動きがありました。

なんと、今後は川崎宗則選手ではなく、今後は川崎宗則さんとなることがわかったのです。

そうです、契約の打診を辞退するという形で、現役引退を決断…。

まさに電撃引退となった川崎宗則選手ですが、ここまで契約更改がこじれるような理由は何だったのか?

あわせて当記事で、プロ野球界の人気者・川崎宗則選手について、これまでの成績や怪我について紹介します。

スポンサーリンク

アドセンス

川崎宗則が現役引退…

その知らせが入ってきたのは、2018年3月26日の深夜のことでした。

Twitterでは、衝撃的なニュースがあった場合、朝刊が届いた人がその一面を撮影してアップロードすることが多いのですが、今回もそれによって、

『川崎宗則選手の引退』

のニュースを知りました。

『ムネリン』と呼ばれ親しまれ、日米どちらの野球ファンから愛されたソフトバンクの川崎宗則選手。

その彼が現役引退を発表したのです。

もともと川崎宗則選手は、その動向がかなり注目されていましたよね。

ソフトバンクが日本一になった後の優勝パレードやファンフェスティバル、納会やハワイ優勝旅行といった行事を欠席…。

契約更改も見送り、2月の宮崎春季キャンプも不参加。

さらには失踪状態だと言われていたからです。

ソフトバンクは保留選手名簿に載せていたので、今後の契約に向けて前向きで、お互いが協議を進めていたのですが…。

一応、ソフトバンクはプレーの可否にかかわらず、

現状維持の年俸9000万円プラス出来高という契約も用意すること

も考えていたみたいです。

しかし、川崎宗則選手本人が、

心身双方での復帰のめどがたたず、現役引退

という形になってしまいました。

 

筆者としても、この報道はかなりショックでしたね。

2017年のシーズンオフから契約が揉めていることは聞いていたのですが、状況は思ったより深刻…。

川崎宗則選手が、ここまで疲弊してしまっている状態だったとは知りませんでした。

ムードメーカーとして、そして元気印として周りを盛り立てていた川崎宗則選手だけに、そんなに精神的にダメージを受けていたとは思えなかったからです。

ただ、周りから元気に見えるよう振る舞っている人ほど、精神的に傷つくと大変だという話を聞くこともあります。

たぶん川崎宗則選手は、その例だったのでしょうね…。

 

川崎宗則の引退理由は怪我?病気?

 

川崎宗則選手の現役引退の理由は、怪我なのでしょうか?

 

ソフトバンクの大本営・西日本スポーツの報道によると、

心身ともに復帰できる状況ではないための引退

つまり、怪我も原因の1つではあるものの、それだけではなく、怪我からの復帰のめどが立たず、厳しいリハビリ生活で精神的にも疲弊してしまった…。

という部分が、

『もう野球選手として続けていくのが無理…』

と、川崎宗則選手が決断した理由なのでしょう。

 

ちなみに、川崎宗則選手の怪我というのは、

両アキレス腱痛

です。

2017年7月に両アキレス腱を痛め、その後リハビリを重ねて復帰に向けて進んでいたのです。

そこに、さらに大きなトラブルが襲います。

2017年9月に2軍で実戦復帰した際は、先頭打者本塁打を放ったのですが…。

左ふくらはぎが攣ってしまい、再びリハビリ生活へ逆戻り

となってしまったのです。

さらに、ソフトバンク公式サイトで発表された川崎宗則選手のコメントによると、

昨年の夏場以降からリハビリを続けてきましたが、同時に自律神経の病気にもなり、身体を動かすのを拒絶するようになってしまいました。

このような状態で野球を続けるのは、今の自分には考えられません。

悩んだ末、この度、ホークス球団と協議して自由契約という形で、野球から距離をおいてみようと決断しました。

と、自律神経の病気にもかかってしまったことを明らかにしました。

体重が激やせし、一時は入院

していましたし、相当精神的にも辛かったのでしょう…。

日本一になった後のイベントにも一切顔を出さなかった理由が、これを聞いた今ならよくわかります。

 

となると、川崎宗則選手が引退を決断した理由は、

怪我ではなく精神的な部分が強かった

ということになりますね。

あのムードメーカーでいつも明るい川崎宗則選手が…。

と驚きですが、人間である以上、なかなか病気から避けられることは決してできません。

誰にでも、ストレスが重なるとか、疲れ切っている時にさらなる追い打ちがかかるとか、ある1つのきっかけで心身のバランスが崩れてしまうことはありえるのです。

精神的に傷ついてしまった人を支えられるのは、理解のある人だけです。

くれぐれも、皆さんは

「自律神経の病気?そんなのなまけ病だろ。」

という理解の足らない人にならないようにしてほしいものです。

 

川崎宗則の年度別の成績を紹介!

 

そのキャラクター性で人気となった印象が強い川崎宗則選手ですが、もちろん野球の実力がなかったわけではありません。

ダイエー・ソフトバンク時代は高いアベレージと俊足を生かし、

日本球界最強打線の一角とも言われたダイハード打線の2番打者

として、大きくダイエーに貢献しました。

それに、メジャーリーグでも出場を果たしているわけですから、日本人野球選手の中でも、かなりの実力者であることは間違いないでしょう。

では、早速川崎宗則選手の年度別成績を見てみましょう。

川崎宗則の年度別成績

ダイエー・ソフトバンク時代

2000年 1軍出場なし

2001年 1試合 .000 0本 1点 OPS.200

2002年 36試合 .232 0本 8点 3盗塁 OPS.616

2003年 133試合 .294 2本 51点 30盗塁 OPS.729

2004年 133試合 .303 4本 45点 42盗塁 OPS.746 ★最多安打(171本)、盗塁王

2005年 102試合 .271 4本 36点 21盗塁 OPS.672

2006年 115試合 .312 3本 27点 24盗塁 OPS.774

2007年 95試合 .329 4本 43点 23盗塁 OPS.809

2008年 99試合 .321 1本 34点 19盗塁 OPS.744

2009年 143試合 .259 4本 34点 44盗塁 OPS.684

2010年 144試合 .316 4本 53点 30盗塁 OPS.765

2011年 144試合 .267 1本 37点 31盗塁 OPS.637

マリナーズ時代

2012年 61試合 .192 0本 7点 OPS.459 2盗塁

ブルージェイズ時代

2013年 96試合 .229 1本 24点 OPS.634 7盗塁

2014年 82試合 .258 0本 17点 OPS.623 1盗塁

2015年 23試合 .214 0本 2点 OPS.598

カブス時代

2016年 14試合 .333 0本 1点 2盗塁 OPS.890

ソフトバンク時代

2017年 42試合 .241 0本 4点 OPS..623

このような成績になっています。

OPSで見ると数値が低いのは、リードオフマンタイプである以上は仕方のないこと。

なので、あまりアテにしなくてもいいと思います。

2003年頃から打撃が開花し、スタメンに定着するようになりました。

この時が、いわゆるダイエー全盛期のダイハード打線ですね。

そのダイハード打線も、実は川崎宗則選手が最後の現役選手…。

つまり、川崎宗則選手の引退をもって、あのプロ野球史上最強打線とも呼ばれたダイハード打線が、ついに全滅となったのです。

時は流れるので、いつかこういう日が来るとは思っていましたが、時代の移り変わりを感じさせますね…。

 

川崎宗則の年俸推移!

川崎宗則選手の年俸推移も見てみましょう。

なお、メジャーリーグ時代はドル表記にしてありますが、これは、日本円に変換すると、レートがその時その時によっていくらになるかが変動してしまうためです。

川崎宗則の年俸推移

2000年 600万円

2001年 600万円

2002年 650万円

2003年 1300万円

2004年 4500万円

2005年 9000万円

2006年 9000万円

2007年 1億4000万円

2008年 1億5000万円

2009年 1億5000万円

2010年 1億5000万円

2011年 2億4000万円

2012年 62万5000ドル

2013年 62万5000ドル

2014年 50万ドル

2015年 50万7500ドル

2016年 50万7500ドル

2017年 9000万円

川崎宗則選手は、実はメジャーリーグ時代の方が年俸が下がっているんですよね。

2012年当時だと、まだ1ドル70円台後半~80円台というような時代だったため、日本円だと約4700万円ちょっとですか。

日本時代最終年と比べると、約5分の1になってしまっています。

それでも、大好きなイチロー選手の後を追いたい…その夢を優先したわけですね。

スポンサーリンク

アドセンス

 

まとめ

ダイハード打線最後の現役選手だった、明るいキャラクターで人気の『ムネリン』こと川崎宗則選手が現役引退となります。

あの明るいキャラクターがトレードマークだった川崎宗則選手も、怪我によって精神的にも疲弊。

一時は、病院に入院するほど追い詰められてしまうわけですから、本当に怪我は恐ろしいですよね。

また、川崎宗則選手のコメントを見ていると、自律神経の病気を患ってしまった発端は、怪我によるリハビリ生活だったようです。

そして、現役引退を決断させたのは病気だと考えられます。

そのため、怪我というよりは、精神的な部分でのダメージが大きかったのでしょうね…。

川崎宗則選手の引退はとても残念ですが、しばらくは心身の療養に努め、また何かしらの機会に元気な姿を見せてほしいです。

アドセンス

アドセンス

あわせて読みたい

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

watari1

好きなもの:野球、アニメ・ゲーム、特撮 趣味:ゲームに没頭すること、文字書き 座右の銘:『なるようにしかならない』 何をどれだけ貯めていようと、命尽きれば人生は終わり。 終わってしまった過去も、何が起こるかわからない将来も、考えるだけ無駄ではないか? そう考えたことがきっかけで、それなら今を楽しむことだけ考えよう、を信念に日々を過ごすようになりました。 自分の興味関心のある出来事やニュースについて、偏屈者ではありますが、思うままに綴っていければと思っています。

-野球

Copyright© My News23 , 2018 All Rights Reserved.