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勝新太郎の伝説エピソードと妻・中村玉緒との出会いから結婚を紹介

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『悪名』、『座頭市』、『忠臣蔵』など、数々の映画・ドラマ作品に出演し、昭和のスターとして語り継がれている俳優・勝新太郎さん。

既に彼は亡くなっているので、現代のドラマ・映画作品で彼の演技を見ることはできません。

しかし、改めて勝新太郎さんの昔の作品を見ると、実にすごい役者と感じます。

また、勝新太郎さんは、生き様も実に破天荒。

妻である中村玉緒さんがいなければ、もっと生活が荒れていたような気もしますね。

さて、本記事では、勝新太郎さんの伝説のエピソードや名言、妻・中村玉緒さんとの出会い・馴れ初めを探り、勝新太郎さんの魅力に迫りたいと思います。

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昭和のスター勝新太郎の伝説エピソード

みなさんは、昭和の名スター勝新太郎さんのことを知っていますか?

40代の人ですら、晩年の勝新太郎さんしか知らないと思いますし、ましてや、20代までの若者は、名前すら知らないかも…。

ただ、若者たちは知らないかもしれませんが、それでも昭和を代表する偉大なスターだったことは紛れもない事実です。

勝新太郎の凄さを魅せつけられた映画『座頭市』

 

勝新太郎さんは、座頭市シリーズ、悪名シリーズ、忠臣蔵など、数々の名作に出演し、多くのファンを感動させてくれた俳優でした。

筆者が勝新太郎さんの演技を初めて見たのは、1989年に公開された映画『座頭市』。

当時まだ、それほど映画を見る機会がなく、たまたま家族で映画館に行き、座頭市を見たのですが、その時の勝新太郎さんのオーラに圧倒されました。

座頭市は、勝新太郎さんが演じる、居合い斬りの得意な按摩・座頭市と、五右衛門一家との戦いを描いた作品。

なんといっても、この作品の魅力は、殺陣のシーンがふんだんに盛り込まれていたことに尽きます。

おそらく10代前半では、物語の真髄を読み解くには難しすぎる作品ですし、やはり殺陣を楽しむことが、真髄ではないかと筆者は思います。

それだけ圧巻とさせられ、これぞ勝新太郎ワールドといった印象を植え付けさせられた作品だったような気がしますね。

語り継がれる勝新太郎の伝説エピソード

そんな昭和のスターである勝新太郎さんですが、なんとプライベートも含め、数々の伝説を築き上げた人としても有名なんです。

では、その伝説エピソードをいくつか紹介していきましょう。

怯える演技のために愛車を大破

これは、勝新太郎さんの後輩が、

「怯える演技をするにはどうすれば良いか?」

と相談してきた時のこと…。

勝新太郎さんは、だまって後輩を愛車にのせ、大暴走してしまいます。

その後輩が完全に怯えてしまうほどメチャクチャな運転をされていたため、当然、勝新太郎さんの愛車は大破してしまいます。

しかし、そんなことはお構いなしで、勝新太郎さんは、怯えた表情をした後輩に対して、

「そういう表情をすりゃぁ良いんだよ…」

とアドバイスしたのです。

ただ怯える演技をアドバイスするだけのために、愛車を大破させるとは…。

なんとスケールの大きい俳優なんでしょうか。

男気というべきか破天荒と言うべきか、非常に悩ましいところですが、昭和のスターのなにふさわしい伝説と言えそうですね。

関わった人に必ず1万円チップを払う

アメリカなどの国では、いろんなサービスを受けるごとにチップを払うのが風習になっていますよね。

日本では、チップを払う風習そのものがありませんから、あらゆるサービスにチップを払う光景には驚かされてしまいます。

しかし日本でも、富豪たちは、平気でチップを支払い、お金をばらまいて歩いたりしているみたい…。

その一人が勝新太郎さん。

彼は、レストランのウエイターさんなど、少しでも関わってくれた人に1万円チップとして手渡すのです。

それも1度や2度ではありません。

何度でも繰り返してチップを渡していた

というのですから、本当に信じられない話です。

それで、驚くべき話は、チップを払ったり、周りの人におごったりと豪快にお金を使うために、

常に懐には300万円を入れて歩いている

というのです。

今でこそ日本の治安はそれなりに保たれていますが、昔はそれこそ治安だって悪かったでしょう。

300万円持ち歩いていたとなれば、いつ襲われるか…。

お金の問題だけでなく、命だって奪われかねない話なのに、そんなこと微塵も感じず、堂々と、大金を持って歩いていた…。

そこが勝新太郎さんの豪快さだと思うエピソードですね。

会見の席でいきなり松平健を怒鳴りつけた…

 

これは『座頭市』の制作発表の席でのこと。

この席には、勝新太郎さんが可愛がっていた俳優・松平健さんも同席していたそうです。

そんな会見の席で、突然、勝新太郎さんが松平健さんを怒鳴りつけてしまいます。

当然、周囲は凍りついてしまうのですが、実は、松平さんに激怒して怒鳴りつけたのではなかったのです。

まだ当時、松平さんは、まだ今のように名前が知られていなかったみたい…。

そこで、勝新太郎さんは、あえて周囲をピリつかせる程の衝撃を与えることで、松平さんの名前を覚えてもらう目論見で怒鳴りつけたのです。

そのことは松平さんもちゃんと理解していて、

「先生はそういう暖かいところを持っていた」

と後に、あるインタビューでコメントされていましたね。

 

以上、勝新太郎さんの主な伝説的エピソードを紹介していきました。

まだまだ、勝新太郎さんの伝説エピソードはたくさんありますが、いずれにしても豪快ながら繊細さを兼ね備えた俳優であることに違いありません。

おそらく、今の時代では、勝新太郎さんのような名優は出てこないでしょう。

あくまで昭和という時代だから許された俳優だったと強く感じています。

そして、彼の伝説エピソードを振り返れば振り返るほど、昭和という時代が生んだ名スターであったと痛感させられる次第です。

 

勝新太郎の名言が凄い

数々の伝説エピソードも生まれている俳優・勝新太郎さん。

実は、彼が後世に残したのは、伝説エピソードだけではなく、名言も残しています。

では、いくつかその名言を見ていきましょう。

偶然こそが完全である

勝新太郎さんの考え方の一つとして、

生まれたものは既に過去のもので、そこに縛られることこそが愚の骨頂である

という考え方があります。

確かに、彼の言葉は的を射ています。

たとえどんなに優れた人物でさえも、所詮人間なんて、万物の中の1要素に過ぎません。

どんなに技術を持っていたとしても、たかだか知れています。

やはり偶然に勝るものなど、どこにもなく、打算的ではなく偶然の面白さを追求するからこそ、役者として面白い…。

そういう考えがあっても、それも一つの審理として理解できますね。

ただ偶然だけで人間は生きられるほど器用ではなく、どうしても打算が生まれてしまうのも事実。

そこを、あえて偶然推しする勝新太郎さんのメンタルの強さには脱帽です。

中村玉緒は勝新太郎なしでも存在し得るが、勝新太郎は中村玉緒なしでは存在し得なかった

勝新太郎さんの人生を振り返ってみるとよく分かる話ですが、彼の人生は、完全に中村玉緒さんの支えがあって成立するものでした。

後ほど出会いや馴れ初めもお話ししていきますが、豪快にお金を振る舞い、散財して借金しても彼女は見放さず支えてくれていましたよね。

勝新太郎さんが事件を起こしてしまっても、愛し続けてくれた中村玉緒さん。

どう考えても、彼女なしの人生は、勝新太郎さんにはありえなかったと思いますよ。

 

以上が、勝新太郎さんの名言の一部です。

勝新太郎 = 豪快

と考えていると、ここで挙げた名言は、まず出てきません。

あくまで繊細で、相手の心を慮ることのできる人だからこそ、豪快さだけでなく繊細な部分が伺える名言も生まれるのでしょう。

そこがまた、勝新太郎さんの魅力なのだと思う次第です。

 

勝新太郎・中村玉緒の出会い・馴れ初めと結婚

「勝新太郎あって中村玉緒あり、中村玉緒あって勝新太郎あり」

そんな印象すら伺える勝新太郎さん・中村玉緒さん夫妻。

そもそも二人の出会いや馴れ初め、結婚はどういったものだったのでしょうか?

では、二人の出会いから見ていきましょう。

中村玉緒との出会いのきっかけ・馴れ初め

勝新太郎さんと中村玉緒さんの出会いは、1955年公開の映画『かんかん虫は唄う』での共演がきっかけだったそうです。

 

そもそも二人は大映の同期だったので、いずれ何らかの作品で出会ってはいたのでしょう。

 

さて、この二人がどうやって交際し、結婚にたどり着いたかというと、

勝新太郎さんの猛アタックから

この恋は始まっています。

といっても、まだ出会った当時は、中村玉緒さんが勝新太郎さんに憧れを抱いていた程度で、とくに進展は見られませんでした。

勝新太郎さんが猛アタックを仕掛けていったのは、1960年公開された映画『不知火検校』で共演した頃の話…。

 

なんでも、この時に、役に入り込んでいく中村玉緒さんの一途な姿に一目惚れし、猛アタックを仕掛けたんだとか…。

まぁ、中村玉緒さんも勝新太郎さんに憧れを抱いていたくらいでしたし、猛アタックを仕掛けられて、心を許してしまったんでしょうね。

交際中なんて、勝新太郎さんの撮影がないときでも、撮影所まで中村玉緒さんを迎えに行くくらいの熱の入れようにはビックリ!

それだけ、中村玉緒さんを愛していたんでしょう。

まさに相思相愛な関係が深まり、二人は結婚…。

結婚後の勝新太郎・中村玉緒夫妻は波乱万丈…

その後は、完全に波乱万丈な人生を歩んでいきます。

名言の通り、さまざまな事件を起こす勝新太郎さんに振り回される中村玉緒さんの姿…。

しかし、それでも離婚することはなく、夫婦であり続けたのは、勝新太郎さんのことを愛し続けていたからだと思います。

二人の人生はまさに波乱万丈でしたが、夫婦として愛し合い続けたおしどり夫婦だったことは間違いなさそうですね。

まさに、

「勝新太郎あって中村玉緒あり、中村玉緒あって勝新太郎あり」

と物語っている相思相愛の二人ですね。

こういう結婚生活なら結婚も悪くないと、二人を見てふと感じた次第です。

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まとめ

勝新太郎さんの波乱万丈の人生は、彼自身の金に無頓着で豪快ながらも繊細な性格と、妻・中村玉緒さんの懸命なサポートあっての賜物でした。

金に糸目をつけず散財し続けてきた、且つプロダクションも倒産し、借金が膨らんだり薬物所持で逮捕されたりしても中村玉緒さんは見捨てなかった…。

それだけ勝新太郎さんを愛し続けていたからこそ、どんなに苦しくても笑顔で彼を支え続けてきたのだと思います。

そして、そんな二人がおしどり夫婦として過ごしてきたからこそ、勝新太郎さんの伝説エピソードや名言が生まれたのでしょう。

昭和が生んだ名スターの生き様を風化させることなく、今後も語り継がれていくことを願っています。

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masayan

音楽・スポーツ観戦が大好きで、アーティストではJUJUさん・欅坂46など、スポーツではヴィッセル神戸(サッカー)にハマっています。 性格も猪突猛進タイプで、芸能・スポーツを中心に、幅広く思いがストレートに伝わるような、面白くためになる記事となるよう、心がけて執筆しております。どうぞよろしくお願いいたします。

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