パッキャオ復帰 1

フィリピンの『英雄』パックマンこと、マニー・パッキャオ選手がリングに戻ってきます!

マニー・パッキャオ選手は、2016年4月9日にBO世界ウェルター級王者ティモシー・ブラッドリー選手と対戦し、KOこそできませんでしたが二度のダウンを奪い、3対0の判定で圧勝しました。

そして、この試合を最後に、マニー・パッキャオ選手は、ボクシングからは引退となったのです。

マニー・パッキャオ選手は、完全に『生きているレジェンド』です。

ボクシングの世界主要4団体で、6階級(8階級とカウントする人もいます)を制覇したのですが、この対戦相手の大半が非常に強い、有名選手ばかりなのです。

アジアで唯一のアメリカでのメインイベンターで、フィリピンの現役上院議員でもあり、末は大統領になるのでは?という人も多いのです。

今回は、このマニー・パッキャオ選手が、一度は完全に引退したのに、なぜリングに戻る気になったのか。

その復帰理由や、復帰試合での対戦相手、そしてファイトマネーなども調べてみました!

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マニー・パッキャオとはどんなボクサー?

パッキャオ復帰 3

まずはマニー・パッキャオ選手の簡単なプロフィールを見てみましょう。

マニー・パッキャオ選手のプロフィール

本名 エマヌエル・ダピドゥラン・パッキャオ

愛称 多数あり 代表的なものはパックマン

マイケル・バッファーやジミー・レノン・ジュニアなどの、リングアナウンサーの紹介では、

「マニー↑ パックマン↓ バッキャオ~」

とコールされます。

他の愛称には…

Fighting Pride of the Philippines
Mexican Killer(メキシカン・キラー)
The Destroyer(破壊者)
People’s Champion

国籍 フィリピン
生年月日 1978年12月17日(37歳)
出身地 ブキドノン州キバウェ

ウエイト ライトフライ級-スーパーウェルター級
身長 166センチ
リーチ 170センチ
ボクシングスタイル サウスポー

パッキャオのプロボクシング戦績

66戦 58勝(38KO) 6敗 2引き分け

パッキャオの獲得世界タイトル

第33代WBC世界フライ級チャンピオン (防衛1)
第11代IBF世界スーパーバンタム級チャンピオン (防衛4 後に返上)
第28代WBC世界スーパーフェザー級チャンピオン (防衛0 返上)
第33代WBC世界ライト級チャンピオン (防衛0 返上)

第14代WBO世界ウェルター級チャンピオン (防衛3 スーパーチャンピオン認定)
WBC世界ウェルター級ダイヤモンドチャンピオン
第42代WBC世界スーパーウェルター級チャンピオン (防衛0 返上)
第16代WBO世界ウェルター級チャンピオン (防衛1)

パッキャオの獲得した世界王座を見ると、ライトフライから始まって、上はスーパーウェルターというのは、前代未聞のことです。

50キロそこそこから、70キロ近くまで、20キロのウェイト差を乗り越えて世界チャンピオンというのは、完全に前人未踏の領域といえるでしょう。

一口に、ライトフライからスーパーウェルターといっても、その階級はライトフライ、フライ、スーパーフライ、バンタム、スーパーバンタム、フェザー、スーパーフェザー、ライト、スーパーライト、ウェルター、スーパーウェルターと、11階級もあります

ライトフライの下にはミニマム1階級だけ、スーパーウェルターの上には、ミドル、スーパーミドル、ライトヘビー、クルーザー、ヘビーの5階級があるだけです。

つまりパッキャオ選手は、プロボクシングの全17階級の、約2/3を飛び越して戦ってきたのです。

しかも対戦相手は、

マルコ・アントニオ・バレラ

ファン・マヌエル・マルケス

オスカー・デ・ラ・ホーヤ

ミゲール・コット

アントニオ・マルガリート

シェーン・モズリー

などなど、この内の誰か一人に勝っただけでも、大変な偉業です。

それをことごとくパッキャオは撃破しているのですから、パウンド・フォー・パウンドにランクされるのも当然のことでしょう。

元世界ヘビー級チャンピオンのレノックス・ルイスは、

 

パッキャオは世界最高のボクサーで、パウンド・フォー・パウンドのトップだ。

いずれはフィリピンの大統領にもなるだろう。

 

と語っていました。

『パウンド・フォー・パウンド』とは、ボクシングの階級の垣根は取り払い、ミニマム級からヘビー級まで含めた、最強選手のランクです

もちろん、ミニマム級のボクサーが、ヘビー級のボクサーと戦うということは、現実にはありませんが、各選手の実力を図る物差しにはなりますね。

このパウンド・フォー・パウンドの1位は、あの『ロマゴン』こと、ローマン・ゴンザレス選手です。

日本からも井上尚弥選手や山中慎介選手がランクインしています

このパウンド・フォー・パウンドのランキングは公式のものではなく、主としてアメリカのボクシング雑誌『リング』誌などによって選定されています。

 

それでは、マニー・パッキャオ選手の思い出に残る試合を幾つか見てみましょう。

まず最初は、2008年12月の『ゴールデンボーイ』オスカー・デラホーヤ選手との一戦です。

当時のデラホーヤ選手は、既に全盛時代を過ぎていましたが、元々非常にテクニックとスピードのある選手なので、前評判は圧倒的にデラホーヤ有利というものでした。

ところが、この試合のデラホーヤ選手は、開始直後から、まるでスピードがなく、動きに精彩を欠いていました。

これは久しぶりにウェルターまで体重を落としたためかもしれません。

試合が始まるとパッキャオ選手は、

『蝶のように舞い、蜂のように刺す』

というモハメド・アリスタイルのボクシングで、デラホーヤ選手を翻弄し、8ラウンドTKOで勝ったのです。

もう一つは英国の人気選手リッキー・ハットン戦です。

2009年5月のことでした。

この試合では、パッキャオ選手の巧みな右フックのカウンターが炸裂、先制のダウンを奪いました。

この右フックは、タイミングといい、角度といい、実に見事なパンチでした。

パッキャオ選手といえば、左ストレートがすぐ頭に浮かびますが、この試合では右フックが強烈で、しかも非常にうまく使っていましたね。

2ラウンドには、得意の左ストレート一閃、一撃で失神KOとなりました。

バッキャオ選手は、日本人とも戦っています。

それは1998年のことで、パッキャオ選手は当時19歳でしたが、既に世界フライ級のランカーでした。

対戦相手は日本フライ級2位の寺尾選手です。

寺尾選手は、キックボクシングの経験もあり、とくにタフなファイターとして有名でもありました。

対戦前には当時は、まだ無名のパッキャオ選手には、”楽勝”というイメージを持っていたそうです。

この試合は筆者も見た覚えがあります。

ただ、この試合のパッキャオ選手の印象は残ってらず、ただ一つ左ストレートを打つ時の踏み込みが異常に速かった、というものだけです。

ロマゴンの日本デビュー戦は、詳細に記憶に残っているのに、なぜパッキャオ選手の印象が薄いのか、その理由はわかりませんが、あまりにもあっさり勝負が決まりすぎたからかもしれません。

その時のパッキャオ選手の印象は、『パンチは無茶苦茶強いが、それだけ』というもので、かなり雑な攻めをしていたと思います。

試合の内容は、寺尾選手の楽勝というイメージとは裏腹に、まるで一方的なもので、1ラウンドでパッキャオ選手のKO勝ちでした。

試合後の寺尾選手の話では、

 

バッキャオの左ストレートを額にもらったら頭や首が砕けるほどの衝撃でした。

その一発でまるで動けなくなり、後は袋叩きでした。

 

というものです。

元々寺尾選手はキックボクシングの経験もあり、かなり打たれ強い選手だったのですが、パッキャオ選手のパンチは、競技を超える威力だったのですね。

パッキャオが現役復帰の理由とは?

パッキャオ復帰 2

マニー・パッキャオ選手は、世界中で話題となった2015年5月2日のフロイド・メイウェザー・ジュニア戦(判定負け)のあとは、2016年4月9日にはWBOインターナショナルウェルター級王座決定戦で、ティモシー・ブラッドリー選手に勝っています。

そして、そのブラッドリー戦を最後にボクシング引退を発表したのです。

パッキャオ選手は、世界的な人気選手ゆえ、その引退を惜しむ声は高かったのですが、年齢からみても、またフィリピンの上院議員という要職を持つことからみても間違いな選択ではなく、これでボクサーとしてのパッキャオ選手は見納めだろうと思っていました。

しかし、それから半年も経たないうちに、

『パックマン復帰!』

というニュースが伝えられました。

それでは、なぜマニー・パッキャオ選手は現役復帰を決めたのでしょうか。

その理由は幾つか考えられますが、もっとも大きな復帰理由は、経済的なものだろうと考えられます。

マニー・パッキャオ選手のインタビューでのコメントは、

ボクシングは自分にとっての情熱の元だ。

ジムやリングでやっていたことが、やめてからは恋しくなった。

それにボクシングが私の最大の収入源だ。

議員としての収入には頼れないし、家族を支えなければならない。

それに私に援助を求めてくる人を無視することはできないのだ。

とあります。

マニー・パッキャオ選手は、生れ故郷からほど近いところに住居を構え、二つの棟からなる豪邸で、家族や多くの使用人に囲まれて生活しています。

その豪邸には、バスケットボールの室内コートや、お客さん用の豪華なダイニングルームもあり、地元へは体育館を建設し、プレゼントしたりしています

いくら生活費や人件費が安いフィリピンでも、そのような豪勢な生活には相当な費用がかかるでしょう。

フィリピンの上院議員としての給与だけで、それが賄えるとはとても思えません。

ボクシングなら、一試合のファイトマネーで上院議員数年分、あるいはそれを遙かに上回るお金が入ってくるのです。

高額のファイトマネー

これがマニー・パッキャオ選手の現役復帰の最大の理由だと思います。

 

パッキャオの復帰試合のファイトマネーと対戦相手は誰?

パッキャオ復帰 9

それでは、マニー・パッキャオ選手の現役復帰戦の対戦相手は、どんな選手なのでしょうか?

さっそく調べてみました。

対戦相手は、WBO(世界ボクシング機構)のウエルター級チャンピオン、ジェシー・バルガス(米国)です。

米トップランク社のボブ・アラム氏がマニラを訪れ、パッキャオ選手と話し合って、現役復帰が決まったとのことです。

復帰試合は、2016年11月5日に米ラスベガスで行われることになりました。

次に、パッキャオ選手の対戦相手・ジェシー・バルガス選手の簡単なプロフィールをご紹介しておきましょう。

ジェシー・バルガスの経歴プロフィール

名前 ジェシー・バルガス
愛称 新世代
出身地 カリフォルニア州ロサンゼルス
生年月日 1989年5月10日(27歳)

階級 ウェルター級
身長 178センチ
リーチ 180センチ
スタイル オーソドックス(右利き)
トップランクプロモーション所属

第38代WBA世界スーパーライト級チャンピオン
第19代WBO世界ウェルター級チャンピオン

プロボクシング戦績

28試合 27勝(10KO) 1敗

ということで、28戦してたったの1敗しかしていません。

明らかに強敵ですね。

この敗戦が、ティモシー・ブラッドリー戦で、12ラウンドの終了間際に、それまで押され気味だったバルガス選手が右をクリーンヒット、KO寸前まで追い詰めました。

ところが、レフェリーが終了のゴングを聞き間違え、10秒ほど早く試合を終了させてしまいました。

これにより、それまでのポイントでブラッドリー選手の判定勝ちとなったわけです。

なお、このレフェリーは、後にレフェリーの資格を剥奪されております。

このバルガス選手とパッキャオ選手の復帰試合のファイトマネーですが、今の所未発表のようです。

しかし、これまでのパッキャオ選手のファイトマネーから見て、少なくともティモシー・ブラッドリー戦と同額の、2000万ドル(約21億円)程度にはなるでしょう。

 

まとめ

今回は、

『パックマンがリングに帰ってくる!』

と、世間で大きな話題になった伝説のボクサーであるマニー・パッキャオ選手の復帰理由や、復帰試合の対戦相手、そしてファイトマネーなどをみてきました。

マニー・パッキャオ選手の現役復帰の理由としては、やはり経済的なものが大きいようで、これは本人も認めております。

復帰の理由がどのようなものにしても、『あのパックマンの雄姿をもう一度見られる』というのは、ボクシングファンにとっては、最高の喜びですね。

ファイトマネーについては、公表されておりませんが、恐らくは日本円にして数十億円の単位になると予想されています。

復帰試合が行われる11月5日が待ち遠しい限りですね!