元FC東京の武藤嘉紀選手には、気がかりな話と嬉しい話があります。

最初に心配な方ですが、2016年2月6日のハノーファーとの試合で、右膝靭帯の怪我をおってしまいました。

この時は長くても数週間で復帰できる筈だったのですが、その後3月30日の練習中に再び負傷し、右膝外側側副じん帯損傷と診断されました。

今回の怪我については、マインツ公式ツイッターが

「今シーズン中に復帰する可能性は残念ながら低いようです」

とツイートしています。

現在の所は、手術するか保存療法となるかは、未定のようです。

一方で、嬉しい話としては、武藤嘉紀選手の結婚とお嫁さんについてをご紹介していこうと思います。

というわけで、今回は武藤嘉紀の怪我の原因と状況、復帰時期、そしてお嫁さんははどんな人という話題を追ってみました!

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武藤嘉紀のプロフィール

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武藤嘉紀選手とは、こんなサッカー選手です。

武藤嘉紀のプロフィール

1992年7月15日 生まれ
東京都世田谷区 出身
慶應義塾大学経済学部卒

身長 179センチ
体重 72キロ
FSVマインツ05(ドイツ) 所属
ポジション FW
背番号 9
右きき

武藤嘉紀選手が、サッカーを始めたきっかけは、小さいときからボールに触れることが大好きで、幼稚園の時にサッカーチームに入ったことのようです。

そのかいあってか、武藤嘉紀選手は、なんと現役大学生の時にFC東京に加入しました。

これは長友佑都選手と同じですね。

しかも、1年目で早くもアギーレジャパンの日本代表に選出され、FC東京ではチーム得点の約半分を1人でたたき出すという、大活躍を見せました。

その後、武藤嘉紀選手の活躍は、海外のチームにも伝わり、プレミアのチェルシーからもオファーが来たりしましたが、結局、ドイツブンデスリーガのマインツに移籍となりました。

武藤嘉紀選手はなぜ、世界一のリーグともいえるプレミアのチェルシーを断ったのか?

どうやら、移籍金はマインツより上でしたが、最初からレンタル移籍もありという条件があったためでした。

そして決め手となったのは、直接武藤選手を訪れたマインツの監督が、

「是非うちに来て欲しい」

と、熱い気持ちを伝えたことだそうです。

自分が本当に必要とされているチームなら、出場機会も多くなるだろうということで、武藤嘉紀選手は、マインツを選んだということです。

この武藤嘉紀選手の判断は、論理的にも、また、ここまでの実際の結果からも、正しかったわけですね。

マインツとの契約は、2016-2018年の3年契約で、300万ユーロ(当時4億800万円)というもので、プロ2年目の選手に対しての年俸100万ユーロ(当時1億3400万円)は、破格の条件です。

武藤嘉紀選手が当時所属していたFC東京の年俸は、年棒2200万円ですから、いきなり6倍以上の年俸アップとなったのです。

 

武藤嘉紀の怪我の原因と状況は? 復帰時期はいつ?

武藤選手
武藤嘉紀選手は、マインツでもエースとして活躍し、前半戦での7得点はヨーロッパリーグでの日本人最多、マインツとしてもユーニス・マリの10点に次ぐものです。

こうして完全にマインツの主力選手としての地位を確立した武藤嘉紀選手ですが、いいことばかりが続くわけではありませんでした。

最初の怪我は、2016年2月6日のハノーファーとの試合での、右膝靭帯損傷。

この時は、それほどひどいものではなかったようで、4週間程度で試合復帰の予定でした。

ところが、3月30日の練習中に再び負傷し、右膝外側側副じん帯損傷と診断されました。

今回の怪我は、前回痛めた部位とは別ですが、かなりの重傷のようで、マインツの公式発表でも、復帰時期については、今シーズンの復帰は絶望的となっています。

そして、武藤嘉紀選手は治療とリハビリのため、日本へ戻ることが決まったのです。

マインツのGMの話では、

「武藤と長い間話し合って、日本で治療を受けるのが最良との判断に至った。医療レベルは我々と同等に高いし、通訳を介さずに医師と意思疎通ができるので、精神的にも負担が少ない」

とのことです。

日本では、日本代表の香取庸一ドクターが在籍する東京医科大で治療をし、国立スポーツ科学センターでリハビリを行うと決まりました。

復帰時期については、明らかではありませんが、早くても2016年夏、恐らくは来シーズン(2016年秋)ではないかと、推測しています。

今回の怪我の原因ですが、外側側副靱帯の主な原因は、膝の外側にある側側副靱帯に大きな力がかかり、その結果靭帯が伸びたり切れたりする、ということのようです。

その力がかかる原因としては、相手のスライティングなどで、膝に直接強い力がかかり、膝が不自然な方向に曲がったり、膝が無理に伸ばされるような状態になると、靱帯の損傷となります。

もう1つの原因は、全速走行からの急停止や、方向転換、ジャンプからの着地、フェイントなどの急激なひねりなどでも、発生します。

武藤嘉紀選手の場合、練習中とのことで、筆者は直接そのようすを見ていたわけではありませんから、どのような状況での怪我なのかはわかりません。

よくある状況としては、スライディングなどで倒れたところに、相手の身体が落ちるというものです。

同じ怪我をした米本選手の場合は、直接その状況をテレビで見ていたのですが、確かに相手の身体がもろに米本選手の脚の上に落ちていました。

この膝の靱帯損傷という怪我は、サッカー選手の職業病のようなもので、FC東京でも石川直宏選手や米本拓司選手が、同様の怪我をしています。

米本選手は2度同じ場所を怪我したのですが、幸いにも復帰し、現在は元気にプレーしています。

しかし、石川直宏選手は怪我が治ってからも、後遺症があり、往年のスピードは失われ、あまり活躍できていないのです。

このように、膝靱帯損傷は、選手生命にも影響する程の、深刻な怪我なのです。

 

武藤嘉紀の嫁はどんな人?

女性
※イメージ

武藤嘉紀選手のお嫁さんは、大変な美人というもっぱらの噂です。

いや、噂だけではありません。

事実、超のつくほどの美人さんなのです。

旧名は「渡辺輝」さんという方です。

「輝」はなんと読むのでしょうか。

「かがやき」? 「きらめき」? それとも「ひかり」?

お2人のなれそめは、大学時代の時です。

武藤嘉紀選手と輝さんは、慶應大学での同級生なのですが、学部は違っていたそうです。

そして同じ講義を受けている時に知り合い、大学でもかわいいと評判の輝さんに、武藤嘉紀選手が猛烈スライディングタックル、見事ゴールをゲットしたというわけです。

輝さんは大学卒業後は、子供の頃からの夢だった日本航空のCAとして就職したのですが、武藤嘉紀選手のドイツ行きとその直前の結婚に合わせて、僅か2ヶ月程で退職しました。

ところで、この武藤嘉紀選手のお嫁さんのお父さんは、驚いたことに衆議院議員でした。

民主党(現民進党)の元防衛副大臣だった渡辺周議員です。

渡辺周議員との一問一答があります。

Q「娘さんはどんな女の子でしたか?」

A「高校時代はガールズバンドを組んで学園祭で演奏していた ギター担当でミスチルなどをコピーしていたようだ」

Q「娘さんは武藤選手の長所や短所をどのように言っていますか?」

A「長所は気遣いをしてくれるところ。実際、彼は『料理を作ってくれてありがたい』とか、『結婚してからいいことが続いている』などと、周囲に言っているそうです 短所は野菜嫌いなところかな」

Q「娘さんは、武藤選手のことを何と呼んでいますか?」

A「よっち。私以外の家族もよっちと呼んでいるようだ」

Q「将来は武藤選手に政治家となってほしいですか?」

A「それは絶対にありません。彼はピッチで輝く人間です」

ということで、お嫁さんに関しては、幸せ一杯の武藤嘉紀選手でした。

 

まとめ

これまで順調に歩いてきた武藤嘉紀選手の道には、膝の靱帯の怪我という大きな障害が立ちはだかっています。

筆者は、これまでに何人もの選手が、膝の靱帯の怪我で選手生活を断念してきたのを見ているため、武藤嘉紀選手の行方が非常に心配です。

しかも、この靱帯の怪我は治癒に時間がかかる上に、再発しやすいのが気になるところです。

これからの日本代表のエースとなるはずの武藤嘉紀選手ですから、大事の上にも大事を取って、完全に怪我を治して、復帰を果たしてくれることを祈っています!