天才、奇跡、異次元、これらの言葉は、久保建英選手への評価や賛辞の言葉です。

8歳であのFCバルセロナのカンテラ(下部組織)に加入して大活躍した、久保建英選手への言葉としては、足りないとも思えますが、普通の選手への言葉であれば、最大級の大賛辞ですね。

筆者も5、6年前に久保建英選手の動画を初めて見た時には、天才、奇跡、異次元…

これらの言葉しか頭に浮かびませんでした。

そんな久保建英選手のバルセロナ時代の海外の反応や、現在の状況などについて、当記事で詳しくご紹介します。

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久保建英の出身はどこ?

久保2

久保建英選手の出身は、神奈川県川崎市です。

川崎フロンターレU-10に所属している時に、バルセロナ(略称 バルサ)の下部組織(カンテラ)のアレビンCに入団となりました。

プロサッカーチームの下部組織は、日本にもあり、特にFC東京の下部組織(アカデミー)はJリーグ随一と言われています。

全体の選手の数は5000人で、Jリーグの中でも最大の人数を誇ります。

FC東京の経済面での評価でも、この下部組織(アカデミー)への評価は非常に高いものがあります。

しかしバルセロナの下部組織は、日本のものとは桁が違います。

なんと全部で10階層もあるそうで、チームの数も非常に多いのです。

まぁ、バルセロナは世界最大最高のサッカークラブチームですから、そのくらいは当然かもしれませんが。

そのバルセロナには、これまで日本人はもちろん、アジア人さえ所属したことはありません。

そこへ突然、10歳にも満たない少年が、下部組織とはいえバルセロナに入団することになったのです。

大騒ぎにならない方が不思議でしょう。

入団当時の久保建英選手の身長は135センチで、体重は33キロですから、日本人としてもやや小柄な部類に入るでしょう。

そんな久保建英少年が、時を経て、何人もの選手を抜いていき、華麗なゴールを決めるという、シーンを生む選手になったのです。

久保建英のバルセロナでの海外の反応は?

話し合う3人

久保建英選手のバルセロナの下部組織での成績は、30試合に出場し、74得点、リーグ戦得点王に輝き、U-12トーナメントで得点王とMVPを獲得しています。

バルセロナの下部組織で、30試合74得点というのは、まさにに異次元の世界ですね。

1試合平均で2.5得点を、30試合続けてあげるということなのです。

これが奇跡や異次元でなければ、世の中に奇跡などありません。

では、久保建英選手については、海外の反応として、どんな評価を受けているのでしょう?

この久保建英選手への海外の反応をまとめました。

海外の反応 アメリカ

・日本にメッシがいるのか?

海外の反応 シティサポーター 

・13歳…. フットボールはどうしちまったんだ

・噂になった新しい名前が偽名かを確かめるために、何度も読まないといけないのは俺だけか?

・アーセナルにはもう既に日本のメッシがいたと思ったが

・また才能溢れる選手かい?宮市亮はどうなったの?

海外の反応 アーセナルサポーター

・宮市は「日本のロナウド」で、ジェルビーニョは「アフリカのメッシ」などなど…  

・メディアがこういう子供達を「日本のメッシ」や「アイルランドのメッシ」や 「(ここに国名を入れて)メッシ」と呼び続けたら、冗談抜きで俺は動脈瘤を起こすわ

・こういう子どもたちはメッシぐらい良くはならないだろうよ。メッシは10歳の時に偉大さの兆候を示していたよ。だからバルセロナは彼への医療と治療に高額な費用を支払ったんだ。

・ただ彼がちっちゃな子供でバルサのユースでプレーしているからと言って、彼がメッシのプレースタイルに似ているというわけではない。メッシが若い時の動画を調べて来いよ。全然似ていないから。

海外の反応 スペイン

・タケは素晴らしく有望な選手だ。数回彼の試合を見てきたが、大いに気に入っている。 得点、ドリブル、視野も広い。 理由がなくて日本のメッシと呼ばれている訳ではない。

・(FIFAの処分報道後)18歳になった時、彼とバルサを結び付つける仮契約をしておくことが一番重要だ。

・久保はイニエスタとメッシを足した選手という触れ込みで、バルサに加入したんだから、技術が無い訳無いだろ。

・バルセロナが着目したのは「トップスピードでボールをドリブルしながら周囲を確認できる」能力だったのではないか。

・「Muy bien! ムイビエン(素晴らしい)」(バルセロナの関係者が久保を形容するとき、第一声はほとんどこのスペイン語から始まります)

批判も多少はありますが、やはり、多かったのは称賛の声ですね。

久保建英選手は、海外の反応からみても高評価されているようです。

 

久保建英の現在は?

久保

久保建英選手のバルセロナ退団の理由につきましては、別記事でご紹介していますので、そちらをご覧ください。

FIFAの規定では未成年者の国際移籍を禁止していますが、例外条項というものも存在します。

これらのうち、どれかの項目に該当する場合は、例外として、未成年者の国際移籍も認められます。

1 両親がサッカー以外の理由で移住した場合
2 16歳以上18歳未満でEU圏内、又は欧州経済領域(EEA)圏内での移籍
3 自宅が移籍先の国境から50キロ以内にあり、移籍先のクラブも国境から50キロ以内にある場合。

久保建英選手の場合は、この未成年者の国際移籍禁止にひっかかり、例外にも該当しなかったため、試合への出場ができなくなりました。

そのため、日本に帰国して、FC東京U-15むさしに入団となったわけです。

現在の久保建英選手は、身長167センチ、体重は59キロと、順調に成長しているようです。

FC東京U-15むさしでは、公式戦のデビュー試合で、早速得点を挙げるなど、早くも活躍の兆しを見せています。

U-15、U-16の日本代表選手にも選ばれ、U-16アジア選手権の一次予選ではいきなり5ゴールと、大活躍でした。

U-16アジア選手権の一次予選は、2015年の9月にモンゴルで開催されたのですが、地元のモンゴルを相手に17-0で圧勝しました。

久保建英選手の5ゴールは、この試合で挙げたものです。

また、一次予選を通じて日本は他国を圧倒、最終予選に進出しています。

このように、久保建英選手は着実に実力を伸ばしています。

このまま順調に進めば、日本のサッカーファンが待ち望む、絶対的な攻撃の切り札として、東京オリンピックに出場することも、夢でありません。

しかし、サッカー選手の場合、若い頃は非常に大きな期待を寄せられていたのに、結局大成しなかったというケースが、珍しくはありません。

代表的な例は小倉選手です。

若い頃には次代の日本を背負って立つ選手と言われていたのですが、怪我のためそれは実現しませんでした。

この大成できない原因はいくつか考えられます。

怪我
慢心
周囲の事情によるトラブル(チームの財政とか)

このうち、最も多い原因が怪我によるものです。

小倉選手の例だけでなく、FC東京の石川選手も、シーズン半ばまでには15点を取り、Jリーグ初めてのFW以外での得点王誕生かと、騒がれていました。

しかし、不幸なことに膝の靱帯を大怪我してしまい、そのシーズンを棒に振ってしまったのです。

しかも、その後もこの怪我の影響で、往年のスピードは失われ、その後はあまり活躍できなくなってしまいました。

この他にも、怪我で大成しなかった選手は、多数います。

スポーツで一番怖いのは、やはり怪我ですね。

2つ目に挙げた、慢心によって、選手としての成長が止まってしまうことも、時々見られますね。

名前は出しませんが、将来を期待されながら、伸び悩む選手の中には、この慢心や自己中心性によるものが、あるのかもしれません。

最後の周囲の事情によるトラブル(チームの財政とか)というのは、選手当人にはどうしようもありません。

完全に時の運であり、不幸だったとしか言えないのが、なんとも悲しいところです…。

久保建英選手のバルサ退団も、この例の1つでしょう。

久保建英選手には、怪我もなく慢心もなく、すくすくと成長して、日本のサッカーを背負って立つ選手になって欲しいと、切に願っています。

 

まとめ

今回は、奇跡、天才、異次元の選手として話題の、久保建英選手のバルセロナ時代のこと、当時の海外の反応や、現在の状況などに触れてみました。

このまま、久保建英選手が日本代表の中心選手に成長し、国際試合の大舞台で大活躍するようになれば、ファンの期待と願いは果たされることになります。

もしそうなれば、新国立競技場での決勝戦で、久保建英選手が決勝のゴールを挙げ、日本が金メダルということも、サッカー漫画の中だけではなくなるかもしれませんね。

日本のサッカーファンの誰しもが待ち望む、この夢が現実に起こることを期待して、久保建英選手には、これからも注目していきたいところです。