もう5、6年前ほどのことですが、あるサッカーの天才少年のことが話題になっていました。

10歳にもならないのに、FCバルセロナの下部組織に入団した、日本の少年のことです。

早速、動画を見た筆者は、驚嘆し感動しましたね。

自分より頭二つも大きい数名の少年達(西欧人の)を相手を、ひらりひらりとすり抜け、鮮やかなゴールを決めていたのです。

その後、その天才少年のことを忘れていたのですが、最近、サッカーのニュースなどで、

「日本に天才少年あり!」

と、しばしば取り上げられるようになり、昔の感動を思い出しました。

その天才少年が、今回ご紹介する久保建英選手なのです。

早速、そんな久保建英選手について、ご紹介していきますね。

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久保建英のプロフィールを紹介!

黒板と男性

久保建英選手は、8歳(9歳説もあり)の時、あのスぺインのバルセロナ(通称バルサ)の下部組織に入団し、一躍有名になりました。

もちろん、日本人が下部組織とはいえ、バルセロナに入団したのは、これが最初です。

恐らくは、日本どころか、アジアも初でしょう。

それでは、その奇跡の天才少年、久保建英選手とはどのような選手なのか、まずそのプロフィールから追ってみましょう。

久保建英(くぼ たけふさ)のプロフィール

生年月日 2001年6月4日
出身 神奈川県川崎市
身長 135センチ (小学4年生の時点)
体重 33キロ (小学4年生の時点)
左利き

久保建英の主なサッカーの経歴

2010年 川崎フロンターレU-10
2011年 FCバルセロナの下部組織(カンテラ)のアレビンCに入団
2012年 30試合に出場 74得点 リーグ戦得点王。U-12トーナメントで得点王とMVP
2013年 インファンティルB
2015年5月 FC東京U-15むさし 入団

久保建英選手のバルサの下部組織で、30試合74得点というのは、なんとも凄い記録ですね。

1試合平均で2.5得点、しかも1試合だけではなく、30試合全てでこのペースですから、奇跡としていいようがありません。

現在は、身長167センチ、体重が59キロとなっています。

大分背も伸びましたね。

2015年には、イギリス紙のMirrorが選んだ「19人のニュー・メッシ」たちの1人に選ばれております。

しかし、残念なことに久保建英選手は、せっかく入ったバルセロナの下部組織からは、退団することになってしまいました。

これはFIFAの裁定で、18歳以下の選手獲得での登録違反で、FIFAから市場での選手獲得禁止の処分を受けたことが、原因とされています。

FIFAの規定では未成年者の国際移籍を禁止していますが、例外もあります。

その例外項目というのが、

1 両親がサッカー以外の理由で移住した場合
2 16歳以上18歳未満でEU圏内、又は欧州経済領域(EEA)圏内での移籍
3 自宅が移籍先の国境から50キロ以内にあり、移籍先のクラブも国境から50キロ以内にある場合。

この3つです。

このうち、久保建英選手の場合は、2と3は当然該当しませんが、1のケースにも該当するとは認められなかったようなのです。

これにより久保建英選手は、試合にも出られなくなり、結局、退団に至るということだったのです。

まことに残念なことではありますが、これも未成年者保護のためのルールですから、致し方ありませんね。

久保建英選手は、そのような理由でバルセロナの下部組織を退団、FC東京U-15むさしに入団となったわけです。

 

久保建英のプレースタイルと評価は? 

男性

久保建英選手は、メッシよりもイニエスタに近いとか、メッシとイニエスタを足したようだ、と言われています。

メッシ選手については、サッカーに少しでも興味のある方なら、知らない人はないと思いますので、ここではイニエスタ選手について少し触れてみましょう、

イニエスタ選手は、FCバルセロナの名選手で、どちらかというと点取り屋というより、そのお膳立てをするのが得意という、パスの名人です。

エル・イルシオニスタ(魔術師)とかエル・セレブロ(頭脳)というニックネームのように、プレーの流れを素早く読み取る能力と、ドリブル中に相手を躱す技術ににたけています。

久保建英選手のプレースタイルと評価は、ある海外のコラムによると、

「タケフサの非凡さは、常に周りの状況を素早く確認し、プレーの中でベストの選択ができる『インテリジェンス』の部分にある」

とのことです。

つまり、抜きんでた判断力があるということで、このあたりがイニエスタ選手似ということなのでしょう。

この能力はチームの司令塔には不可欠のもので、中田英寿選手などがその例ですね。

この能力にプラスして、メッシ選手のようにドリブルで相手をかわしていく技術も、驚異的なものがありますので、やはり、メッシ+イニエスタなのでしょう。

バルサの下部組織のコーチであるオスカル・エルナンデス氏は、

「絶対に見ないと損をする選手だから、練習参加だけでもさせてやって欲しい」

とFCバルセロナの責任者であるアルベルト・プッチ氏、ギジェルモ・アモール氏らに対して、何度もかけあったそうです。

帰国後の久保建英選手は、FC東京U-15むさしに入団し、5月31日の日本での公式戦デビューで、早速得点を挙げるなど、その才能の片鱗を見せていました。

ただ、そんな久保建英選手でも、弱点があります。

攻撃面の能力は申し分ないのですが、守備面での不安要因が大きいことです。

これはU-15日本代表で指摘されたことなのですが、自分でもそれを常に意識するようになり、その後FC東京U-15に戻った時には、守備への意識も見違える程向上していたそうです。

これにより、久保建英選手への評価と期待は、ますます高くなっています。

 

久保建英の両親の子育て方法を紹介!

調べる男性

久保建英選のバルセロナ下部組織での活躍は、これまでの日本人の常識からはかけ離れたものがありました。

お父さんの久保建史(たけふみ)さんの著書『おれ、バルサに入る!』では、

「生まれ持った能力だけならば、ここまではとても辿り着けなかった」

と書かれています。

久保建史さんは和歌山県出身で、1971年生まれです。

そして筑波大学体育専門学群を卒業し、在学中はサッカー部にも所属していました。

大学在学中には、地域の少年サッカーの指導などしていましたが、本格的な指導者としての経験はないようです。

お父さんは日本のサラリーマンなので、バルサカンテラ(下部組織)に所属中にスペインで久保選手と6歳下の弟を育てたのは、お母さんです。

そのお2人に、久保建英選手はどのように育てられたのでしょうか。

ご両親の教育方針は、

徹底的に外遊びをすること

五感を刺激すること

楽しいと思えることを増やすこと

この3点だそうです。

そのためには、

「家におもちゃを置かない」

とか、

「お母さんが毎日3食分のお弁当を作り、一日中一緒に外で遊んだ」

とのことです。

これはお母さんも大変だったでしょうね。

お父さんの子育て方法は、

はだしで外遊びをさせ、自然の中で生き物にたくさん触れさせる

TVは見せない

絵本の読み聞かせは週20冊以上

色々な場所で色々な子供達遊ばせ、友達の家には一人でお泊りをさせる

などなどです。

いずれも、できそうでできないことばかりですね。

 

まとめ

今回は、天才サッカー少年・久保建英選手についてご紹介しました。

筆者にとっての久保建英選手の印象というと、やはり数年前に見た、FCバルセロナ加入直後の動画ですね。

これには、大変衝撃的な印象を受けました。

こんな異次元的な少年が本当に日本人にいたのか、と思うほど、凄かったのです。

その久保建英選手は現在、日本に帰ってFC東京U-15むさしに所属しています。

数年後にはFC東京の救世主となり、日本代表の最大のスターとなることを、筆者は祈っています!