少し前に田中マルクス闘莉王選手が、所属していた名古屋グランパスを退団したというニュースがありました。

田中マルクス闘莉王選手は、「闘将」というニックネームどおり、激しい闘志をむき出しにして闘うその姿に、多くの日本のサッカーファンは魅了されたものです。

そんな闘莉王選手も、気付けばもう34歳で、サッカー選手としては、完全にベテランの域に入っています。

そしてさらには、闘莉王選手がグラマラスな美人と、結婚したというニュースも飛び込んできました。

そこで当記事では、闘莉王選手の名古屋グランパス退団理由・原因を探り、噂の結婚相手のお嫁さんのプロフィールなども、探ってみようと思います!

スポンサーリンク

 

田中マルクス闘莉王のプロフィール!

男性

まずは、闘莉王選手のプロフィールからご紹介します。

田中マルクス闘莉王(たなか まるくす とぅーりお)

出身 ブラジル
生年月日 1981年4月24日生まれ
ポジション DF FW
身長 185センチ
体重 82キロ

2003年10月に日本国籍を取得

闘莉王のサッカー経歴 

ミラソルFC(ブラジル)
渋谷幕張高校
サンフレッチェ広島
水戸ホーリーホック
浦和レッズ
名古屋グランパス(2010年~)

2006年 オシム監督の元で日本代表となる
2010年 ワールドカップ南ア大会で全試合に出場

闘莉王選手には数々の逸話があり、その中でも有名なものは、試合中にヘディングで競り合い、肩から落ちて脱臼してしまった時のことです。

なんと、闘莉王選手は自分でその脱臼した肩を押し込んで治し、平然と試合を続けたのだとか…。

すごい精神力と闘志ですよね。 

これには筆者も感服してしまいます。

通常、プロのサッカー選手は、幼い頃からサッカーをやっているわけですが、闘莉王選手の場合は例外中の例外です。

中学ではサッカーではなくバレーボール部に所属して、エースアタッカーとして大活躍し、地区大会で優勝もしています。

このように、子供の頃にサッカーをやっていなかったプロサッカー選手は、闘莉王選手以外には、ほとんどいません。

ましてや、サッカー王国のブラジルでのことです。

ブラジルでは、スポーツといえばサッカーという環境の中で、なぜ闘莉王選手はサッカーをやらなかったのか。

そのあたりを質問してくれるメディアはいないものでしょうか?

筆者としては、気になって仕方ありません。

闘莉王選手の父方の祖父は広島県出身、父方の祖母は富山県出身で、ブラジルに渡った日系移民です。

父親は日系ブラジル人二世ということになり、闘莉王選手は日系三世になるのです。

日本との縁は、留学生を探しにブラジルに来た、千葉県の渋谷幕張高校サッカー部監督の宗像マルコス望氏に、日本の高校への留学を勧誘されたことから始まります。

この勧誘により、1998年にカバン1つをぶら下げて来日した時の闘莉王選手は、まだ16歳でした。

その後は、闘莉王選手は、日本で18年間を過ごし、やがて祖父母の故郷、日本の国籍を取得…

となるわけです。

 

闘莉王の名古屋グランパス退団理由・原因は?

闘莉王 img_1

闘莉王選手が、名古屋グランパスを退団の理由については、色々と謎がありますが、闘莉王選手の本音としては、このまま名古屋グランパスでプレーを続けたかったのだろうと、筆者は推測しております。

しかし、一時は1億5千万円もあった年棒は、今回の提示では5千万円と激減。

年俸が大幅に減俸されたことで、闘莉王選手は

「自分は必要とされていない」

と感じたようです。

他の日本国内からの闘莉王選手へのオファーは、J3の鳥取のみでした。

この鳥取は、浦和レッズ時代の盟友の岡野雅行氏がGMをしていて、闘莉王選手はそのオファーに対して、深く感謝していたそうです。

なお、この岡野雅行氏は、現役時代は足が速く、プレースタイルから『野人』というあだ名で知られていました。

その由来は、野犬より速いから『野人』だそうです。

(これは事実であって、決して筆者が創作したジョークではありません)

さて、話を戻すと、結局、闘莉王選手は一度ブラジルに帰り、当面はそちらでサッカーを続ける気持ちになったようでした。

闘莉王選手はブラジルへ戻る際に、

「日本に来てからの18年はあっという間にすぎました。人生の半分以上を日本で過ごしてきて、日本の国籍も取得したし、多くの日本の皆さんに応援してもらえました」

「もう一度、違いを見せられる選手になって、日本に帰ってきたい。そのためにブラジルに戻って、1年間修行してきます。これが本当の気持ちです」

と、コメントしています。

つまり、来年またはその後にも、闘莉王選手の勇姿を、日本のファンが見ることができるということになります。

今後の闘莉王選手への期待は大きいですね。

次に肝心の闘莉王選手の名古屋グランパス退団の理由・原因についてです。

先に、年棒のことをご紹介しましたが、年棒の問題は、闘莉王選手が退団を決断する1つのきっかけではあったものの、それが名古屋グランパス退団の真の理由・原因ではなさそうなのです。

闘莉王選手が名古屋グランパスを退団した真の理由・原因は、どうやら名古屋グランパスの監督兼GMに就任した小倉隆文氏との確執によるものではないかと、考えられます。

小倉監督はメンバー大刷新を強く推し進め、ベテラン選手を多数放出していますし、闘莉王選手の抜けたCBを補充しない方針を明言したりしています。

つまり、

「お前がいなくても、戦力が落ちたりしないよ」

ということを示しているわけです。

そのため、闘莉王選手の年棒も1/3に大減額したわけです。

気持ちでプレーするタイプの闘莉王選手には、これは致命的なモチベーション低下となります。

小倉監督の方針が、闘莉王選手には、自分は必要とされていないと感じてしまい、名古屋グランパス退団に至ったということなのだろうと、筆者は考えている次第です。

自身の引退について闘莉王選手は、

「全く考えていない」

とコメントしており、引退については否定しているようです。

しかし、現在の闘莉王選手は、ブラジルで家業の牧場の仕事をしながら、ブラジルのチームと契約交渉中です。

つまり、浪人中というわけですね。

一時はブラジル1部リーグの有名チームと、闘莉王選手が契約寸前まで、話が進んだのですが、結局、この話は実現しませんでした。

 

闘莉王の結婚相手(嫁)は?

調べる男性

2016年3月14日、闘莉王選手が結婚という、びっくりニュースが飛び込んできました。

その闘莉王選手の結婚相手となったお嫁さんは、ブラジル在住のアリエレ・ゾッピさんという方で、なんと皮膚科のお医者さんだそうです。

アリエレ・ゾッピさんは、2015年秋にも来日するなど、これまで闘莉王選手を献身的に支えてきたそうです。

今回の闘莉王選手のサッカー浪人ということになり、一時的に時間の余裕ができたので、ここでお嫁さんとの結婚に至ったのかもしれませんね。

写真をみると、この闘莉王選手のお嫁さんは、凄い美人で、ごついけどイケメンの闘莉王選手とは、本当にお似合いといった感じがします。

闘莉王選手には、「おめでとう!」と、祝福をしたいですね。

さらにアリエレ・ゾッピさんが、どんな方なのか、さらに調べようとしたのですが、お嫁さんの詳しいプロフィールなどは、残念ながら不明でした。

 

まとめ

こうしてみると、闘莉王選手という人は、本当に波瀾万丈な半生を過ごしてきたように思います。

度胸もありますが、口先だけではなく、闘莉王選手が、あるチームに入った時には、

「オレが入ったからにはチームを優勝させる」

と言って、実際に優勝させてしまったり、有言実行の人なのです。

闘莉王選手には、ブラジルで充実した1年を過ごし、来年にはまた日本に戻って大活躍することを期待しています!