『サッカー日本代表の若手ストライカー』

というと、皆さんは誰を思い浮かべるでしょうか?

武藤選手、原口選手、そして宇佐美貴史選手を、思い浮かべる方が多いのではないかと思います。

これらの選手は、それぞれプレースタイルも資質も異なり、優劣はつけがたいのですが、共通点はドリブルが得意というあたりですね。

とくに、宇佐美貴史選手は、スピードもあり、独特の細かいボールタッチによるドリブル突破が魅力です。

そこで、当記事では、宇佐美貴史選手のプレースタイルや、お嫁さんや娘さんなど、宇佐美貴史選手の様々な情報について、まとめてみました。

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宇佐美貴史のプロフィールや性格を紹介

宇佐美2

まずは、宇佐美貴史選手のプロフィールから見てみましょう。

宇佐美貴史(うさみ たかし)
1992年5月6日生まれ
京都府長岡京市出身

身長 178cm
体重 69kg
血液型 B型
ガンバ大阪所属 クラブ史上最年少の17歳でJリーグデビュー

趣味 夜の散歩

所属した球団の経歴です。

2009年 – 2011年6月 ガンバ大阪
2011年7月 – 2012年5月 バイエルン・ミュンヘン
2012年5月 – 2013年5月 ホッフェンハイム
2013年6月 – ガンバ大阪に復帰
背番号 39 (宇佐美貴史選手のラッキーナンバー)

日本代表経験も多く、2008年からAFC U-16、U-17、U-19、ロンドンオリンピックなどに出場しています。

宇佐美貴史選手がサッカーをはじめたきっかけは、お兄さんたちがサッカーをやっていた影響だそうです。

それにしても、身内の影響でサッカー選手に、というパターンが多いですね。

そして、宇佐美貴史選手は、お父さんとの関係が泣かせます。

宇佐美貴史選手が1歳足らずのころに、お父さんの和彦さんがゴムボールを放ると、宇佐美貴史選手はそのボールを蹴り返したそうで、宇佐美貴史選手は、1歳足らずの物心がつく前の頃からサッカーの才能があったようなのです。

宇佐美貴史選手のお父さんは、家の中でボール蹴ると、下の階の方に迷惑がかかる(当時は集合住宅)ということで、家を購入したり、遠征費用のために、自分の車を売り飛ばしたといいます。

なんと子供想いのお父さんなのでしょうか。

サッカーについては素晴らしい才能を開花させた宇佐美貴史選手は、これまでに性格に難があると言われていました。

子供の頃から抜群の才能を持っていたために、他の選手を見下すような態度をとることもあったそうです。

そのため、日本代表(フル代表)には、この性格が災いして、中々呼ばれなかったとも言われています。

その後、宇佐美貴史選手は、ハリルジャパンに召集された時にも、他の選手の輪には加わらず、1人で練習していたという話も聞かれます。

もっとも、バイエルン・ミュンヘンでは、世界のトップクラスの選手の練習ぶりなどを見て、人間的にも成長できたと、宇佐美貴史選手本人は言っています。

人間的に変わったエピソードの1つが、なでしこジャパンの岩淵真奈選手が、男女の違いはあるものの同じくバイエルン・ミュンヘンに入団した時の話です。

怪我からのリハビリには、1人で暮らすより良いだろうと、怪我をしていた岩淵真奈選手を自宅に同居させたというのです。

このエピソードからも宇佐美貴史選手が、他人を想いやる心は持っていることは明らかですよね。

そういったところが表に出るような性格ではないために宇佐美貴史選手は、いろいろと誤解されているのかもしれませんね。

 

宇佐美貴史のプレースタイルはドリブル?

宇佐美1
宇佐美貴史選手のプレースタイルの特徴は、やはりなんといってもドリブルでしょう。

ドリブルといっても、武藤選手のようにスピードて抜き去るタイプではなく、宇佐美貴史選手は、メッシ選手やマラドーナに似た、フェイントですり抜けるスタイルが得意なようです。

なでしこジャパンの岩淵真奈選手や、横山久美選手とも共通するドリブルのスタイルですね。

しかも、そのドリブルでのボールタッチなどは、大半が右足でのもので、左足はめったに使わないというのです。

宇佐美貴史選手のドリブルでのフェイントは、あまり大きな動きではなく、小さい動きの連続で敵をかわしていきます。

宇佐美貴史選手は細身なので、一見フィジカルは弱そうに見えますが、実は非常に強いものをもっているようで、相手からのチャージを受けても中々倒れません。

このように、ドリブル技術に対しては、非常に光るものを持っているのですが、課題ももちろんあり、宇佐美貴史選手は、守備の意識が低いことと、スタミナ不足が課題のようです。

しかし、ハリルホジッチ監督での日本代表で、Aマッチデビューをした後は、試合後半でもバテずに得点をあげたりできるようになり、その課題もかなり克服しているかのような活躍を見せています。

宇佐美貴史選手には、得点を取った試合では1試合でのスプリント数が多いという特徴もあります。

得点を取った試合では20回以上、取らなかった試合では15回前後と、はっきりした違いがあります。

これはスプリントにトライする回数は、意欲の表れと見ることも出来ますし、コンディションがよかったと見ることもできますね。

 

宇佐美貴史のお嫁さんはどんな人?

男性2

宇佐美貴史選手のお嫁さんと言えば、美人妻で評判の方です。

お名前を宇佐美蘭さんと言い、お二人の実家の距離が歩いて5分もかからない所にあったそうです。

いわゆる、幼なじみという関係ですね。

蘭さんは、中学生の頃からタレントとして、ドラマや、映画、CMなどに出演していたのですが、その美貌にすっかり参っていた宇佐美貴史選手は、未来の宇佐美夫人にということで、猛烈アタックをしていたとのことです。

制服の第2ボタンを渡したという話もあります。

いやあ、青春ですね。

ここで、宇佐美貴史選手のお嫁さん・蘭さんのプロフィールも、載せておきますね。

宇佐美蘭(うさみ らん)
旧姓 田井中
1991年9月17日生まれ
京都出身
身長 152センチ
セント・フォース 所属
成蹊大学 在学
特技 少林寺拳法

特技が少林寺拳法というのが変わっていますよね。

宇佐美蘭さんは、宇佐美貴史選手がバイエルン・ミュンヘンに移籍した際に、共にドイツに渡り、現地で結婚ということになりました。

当時の宇佐美蘭さんは、まだ成蹊大学の学生さんでしたが、大学を休学してドイツに渡ったのです。

とても献身的で、羨ましい限りです。

実際に、宇佐美蘭さんは、

「理想の良妻」

と言われているそうですよ。

また、宇佐美蘭さんは料理の名人で、野菜ソムリエの資格を持ち、料理の賞をもらうほどの腕前ということや、夫である宇佐美貴史選手への献身ぶりなどから、周囲から良妻と言われるのも、当然でしょうね。

宇佐美貴史選手とお嫁さんとの間に設けられた子供は娘で、2015年12月24日、つまりクリスマスイブの生まれです。

宇佐美貴史選手の娘さんですから、16年後の『なでしこジャパン』の最有力候補!

お名前は菫(すみれ)ちゃんで、お嫁さんである蘭と、娘さんが菫ならお似合いですね。

宇佐美貴史選手のブログには、娘さんの菫ちゃんの写真もあるので、気になった方は、一度見てみてはいかがでしょうか?

 

まとめ

『サッカーの天才』などと呼ばれる選手は、そう多くはいません。

その『サッカーの天才』の典型的な日本人が、宇佐美貴史選手なのです。

ただ、ガンバ大阪では、ゴールを量産していますが、バイエルン・ミュンヘンなどの海外のチームに宇佐美貴史選手が移籍したときには、結局レギュラーにはなれませんでした。

海外のチームには、日本と比べて良い選手が多いということもありますが、それ以外にも気持ちの持ち方や、サッカーに対する考え方など、精神的な部分が、宇佐美貴史選手が海外で活躍できなかった理由だと、筆者は思っています。

このあたりのメンタル面が、宇佐美貴史選手の今後の課題となっていくのではないでしょうか。