悲運の選手という言葉があります。

能力もあり、努力もしているのに、何故か結果がついてこないという選手のことですが、今回ご紹介する清武弘嗣選手もその1人と言えます。

アストンビラから高額で移籍オファーが来るほどですし、それほど清武弘嗣選手は、所属するクラブチームでは活躍しているのに、チーム自体の成績はあまり芳しくありません。

アストンビラは、順位は下とはいえ、イングランドプレミアリーグのチームですから、一応は、世界でもトップクラスのチームです。

清武弘嗣選手が、現在所属しているドイツのハノーファーよりは、格的には上と言えるでしょう。

清武弘嗣選手が悲運と言われるのは、やはり肝心な所で怪我が多いから、ということのようですが、それにもかかわらず、チームやファン、評論家などの清武弘嗣選手に対する評価は高いものがあります。

そこで当記事では、清武弘嗣選手の海外の反応などの評判から、彼のサッカーのプレースタイルなどを調べてみました!

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清武弘嗣の海外の反応と評判が高い理由は?

清武選手

まず、清武弘嗣選手のごく簡単なプロフィールです。

生年月日 1989年11月12日

出身 大分県

身長 172センチ

体重 66キロ

利き足 右

大分東明高校から大分トリニータに入団。
セレッソ大阪を経てドイツのニュルンベルクへ移籍。
現在はドイツのブンデスリーガ一部のハノーバー(ハノーファー)所属。

清武弘嗣選手は、チーム内やファン、ドイツのメディアでの評判はいたって良く、「救世主」と呼ばれることさえあります。

前回の怪我から復帰して、清武弘嗣選手がピッチに立った時には、大きな拍手が起こりました。

それもそのはずで、ハノーファーというチームはは3年連続で残留争いをしているという、あまり強くないチームなのですが、そこで清武弘嗣選手は孤軍奮闘しているわけです。

ファンのコメントには、

「ハノーファーでサッカーの選手は、キヨ(清武弘嗣選手のドイツでの愛称 中村俊輔選手のナカと同じようなものです)だけだ」

とすら言われているほどです。

前回の怪我から清武弘嗣選手が復帰した2015年10月の試合では、見事なアシストを決めて、

「ワールドクラスのアシスト」

という賛辞が送られました。

その時のファンのコメントを、いくつかご紹介します。

「キヨ、凄いパス!」

「キヨがいないと負けるのだろうな・・・」

「キヨがいないハノーファーなんて取るに足らないよ」

「ハノーファーの最近の5得点中4点に直接からんでるぞ」

そしてその後、清武弘嗣選手が再び右足を怪我してしまった時のコメントです。

メディア「2015年の試合は絶望。こうなった今、ハノーファーはどうしたら勝ち点を取るのか?」

ファン「これでもう前半戦はだめだ おやすみハノーファー!

ファン「ついにおきてしまった。テクニック面での代役は誰もいない」

ファン「今年の勝ち点はこれでおしまいだ そして来年は2部が待っている」

このコメントで、どれほどハノーファー96のファン達やメディアが、清武弘嗣選手を高く評価しているか、おわかりかと思います。

清武弘嗣選手は、日本代表では同じポジションに香川真司選手や遠藤保仁選手、本田圭佑選手がいるので、その陰に隠れてあまり出場の機会もなく、華やかな存在ではありません。

しかし、ドイツでは清武弘嗣選手の代名詞として、

「魔法のネズミ」

とか、

「サッカーの神」

と呼ばれ、絶大な人気があり、実力も評価されているのです。

現在のハノーファー96では、昨年の残留争いのフライブルクとの最終戦で、見事なゴールを上げ、残留を決めました。

その年の成績は32試合で5得点5アシストの大活躍で、その後はエースナンバーの10番を与えられているのです。

今やハノーファー96では、清武弘嗣選手抜きの試合は、考えられない程の存在感を示し、抜群の精度のプレースキックやパスなどで、試合をコントロールする役目を任されています。

まさに、清武弘嗣選手は、ハノーファー96にとって、救世主なのです。

 

清武弘嗣のサッカーのプレースタイルと怪我

清武選手2

清武弘嗣選手のプレースタイルは、簡単に言うと、司令塔です。

現在では、司令塔(コントローラー)という言葉は、あまり使われなくなりましたが、清武弘嗣選手のプレイを表現するには、ぴったりの言葉でしょう。

かつて、スコットランドのセルティックでプレーした、中村俊輔選手と同じプレースタイルと言えます。

味方から集まってくるボールを、タイミングと精度良く、前線の選手に配球し、セットプレーの時にはキッカーとして、ピンポイントで蹴り込むという、重要な役目です。

元々、清武弘嗣選手はセレッソ大阪時代から、そのパスやプレースキックの精度には、高い評価を受けていました。

しかし日本代表チームでは、前述のように競合するポジションの選手が、本田圭佑選手、香川真司選手、遠藤保仁選手という、超一流の選手ばかりなので、どうしても出場の機会は少なくなってしまいます。

その点でも、悲運の選手ということになりますね。

そして、清武弘嗣選手の悲運を語る上で、最大のものが怪我です。

ドイツ時代での最初の大きな怪我は、2015年6月の日本での代表合宿中に起きました。

右中足骨を骨折というものですが、その前にも大腿筋の肉離れなど、何度か怪我をしているようです。

怪我をしやすい体質なのか、無理をし過ぎるタイプなのか、そのあたりはよくわかりません。

この時は数ヵ月後に復帰しましたが、2015年11月16日に、またもや日本代表合宿で、それも同じ場所の右足第5中足骨を骨折してしまいました。

ここまで何度も清武弘嗣選手に怪我が重なると、やはり悲運としか言いようがありません。

全治は3か月程度とのことでしたが、清武弘嗣選手の怪我で、がっかりしたのはハノーファー96のファン達です。

「最高のフィールドプレイヤーがいないってことか…」

「いやだ…もういやだ! 俺は出て行くぞ!」

「キヨが代表に行く度に怪我して戻ってくる…」

「もう日本へ戻るな!」

「起きてはいけないことが、ついに起きてしまった」

そして2016年2月21日、ファン達が待ち望んだブンデスリーガのアウクスブルク戦で、清武弘嗣選手が復帰しました。

この試合は0-1での敗戦となりましたが、短い出場時間にも関わらず、大きな拍手が送られました。

ドイツのメディアは、清武弘嗣選手の復帰を、

「短かったが、エモーショナルな瞬間」

と報じています。

しかし、清武弘嗣選手自身は、チームメートの精神面を案じていたようで、

「ボールを持つことを怖がるようでは、ミスを避けるだけになってしまう。ボールを貰っても、すぐにそっちでなんとかしてくれ、というようなパスを出すのは、いかがなものか」

というような意味の発言をしていました。

清武弘嗣選手には、自身抜きでも、しっかりとプレーできるようになってほしいという思いがあったのでしょうね。

ともあれ、これで清武弘嗣選手はついに復帰したわけですが、清武弘嗣選手にとっては、クラブチームの件にしても日本代表に関しても、まだまだ問題は山積しているようです。

最後に、清武弘嗣選手のエピソードなどを少々。

清武弘嗣選手の性格面ではナイーブとされていまして、『清武寂しがり屋説』や『清武弱気説』も語られています。

かつて清武弘嗣選手が、大分トリニータからセレッソ大阪に移籍した直後には、

「大分に帰りたいよ」

とメソメソ泣いたとか、オリンピックの合宿で怪我をしてポジションを失った時には、ブログに泣き言を書いたとか、色々あるようです。

『香川真司選手の後釜に』と言われた時には、

「ムリっす」

と清武弘嗣選手が言った…

そんな話もありました。

ただ、忘れてはいけないのは、どれも真偽の程は全く不明ということ。

ともあれ、これからが、清武弘嗣選手にとっての正念場となるでしょう。

まとめ

どんなことでも、最初から最後まで順風満帆という人は、あまりいないでしょう。

その中でも、今回取り上げた清武弘嗣選手は、順風満帆とは正反対の運命を辿っているように思います。

二度にわたる大きな怪我、日本代表でのポジションの問題など、普通の人なら嫌気がさして投げ出したくなるような悲運を、何度も乗り越えてきました。

2016年のワールドカップ予選に間に合うかどうかは微妙な所ですが、所属クラブのハノーファー96の残留争いには、貢献できるチャンスは十分あると思われます。

しかし、日本のファンの立場からは、日本代表合宿で2度も大怪我をすると、清武弘嗣選手の所属するクラブチーム側がすんなりと出してくれるかが心配です。

もっとも、ワールドカップ予選は、国際Aマッチデイに行われるので、召集は問題ないはずですが、クラブ側との確執も心配になります。

いずれにしても今後、清武弘嗣選手が大きな怪我をせず、さらなる活躍をしてくれることを、願っています!